062 夕食戦線異状あり 5
「から揚げと焼き鳥、おいしかったねー」
「ねー」
「そうだな。なあ母さん、ああいうのってうちでも作れるのか?」
「んー。似たような物ならできないことはないと思うから、今度試しに作ってみようか」
「「わーい。から揚げから揚げー」」
「焼き鳥焼き鳥ー」
「あんたまで子供と一緒になって何言ってんだい。全くしょうがないわね」
夕食を食べに来ていた家族連れが、そんな会話をしながら帰って行く。食事時の混雑が一段落した宿屋は、食堂から酒場へとゆるやかに変わっていった。そんな中、テーブルの一つでアリアとハザールの姉弟とタリアが食事を摂っていた。メニューはもちろんから揚げと焼き鳥である。
「僕はこのぼんじりっていうのが柔らかくて好き」
「私は皮と、ズリがいいかなあ」
二人は取り置きされていた一盛りの焼き鳥を分け合って食べながら、楽しそうに好みを言い合っている。タリアは目を細めてそんな二人を見ながら、今日の定食を静かに食べている。当然、傍らにはジョッキが置かれているが、さすがに一気にいくような飲み方ではなく、こちらも静かに杯を空けていく。
タリア達は里長の一族、言ってみればこの地方の領主一家ということになる。しかし、里自体の規模がまだ小さい現在、里長の仕事はその多くの部分を宿屋の運営が占める。そのため、一家揃って晩餐というわけにもいかず、普段は今のタリア達のように今日の定食を食べるか、もっと遅い時間に賄いごはんということになる。
これがもっと大きな街になってくると、宿屋の仕事の大部分を雇い入れた者に任せて、領主としての仕事により専念する――専念しないと回らない――ことになる。そうなると長の一家の生活も、小説に出てくるようないわゆる地方領主らしいものになっていく。
◇
「今、何時くらいになったんでしょう」
注文分の串を火に掛けたマリコは、ふとそう口にした。ひたすら揚げて焼いてをやっていたせいで、どれだけ時間が経ったのか分からなくなったのだ。しばらく前まで戸口や窓の向こうに見えていた景色は、今はもう夜の闇に覆われている。
(しまった。時間の単位が同じかどうかは、まだ聞いてなかった気がする)
マリコの内心の焦りをよそに、近くにいたサニアから答えが返ってきた。
「母さん達がごはん食べてるから十九時半くらいだと思うけど、ええと、ちょっと待ってね」
タリアに代わってビールを注いでいたサニアは、持っていたジョッキに注ぎ終わるとそれをカウンターに回した後、スカートのポケットに手を入れると銀色の細い鎖を引っ張り出した。鎖の先には丸い物が付いている。
「うん、今十九時三十五分。今日ももうじき店仕舞いね。ああ、マリコさんに言ってなかったわね。酒場は二十一時で閉店よ」
鎖の付いた丸い物――マリコには懐中時計としか思えない――を見て確認したサニアがマリコを振り返ってそう言った。マリコは閉店時刻云々より、サニアが手にしている物に目を見張った。
(時計があるのか!)
「サニアさん、それ、見せていただいても?」
「え? ああ時計? いいわよ。はい」
マリコが受け取った時計は直径五、六センチのシンプルな銀色の平たい円形で、正に懐中時計という外観をしていた。裏向きに受け取ってしまったそれを、マリコは手の中でひっくり返した。
(デジタル時計!?)
時計の表面は透明なガラスのような物がはめ込まれ、その中央にFL管のような青白い光を放つ「19:35:45」という、それぞれが七本の線の組み合わせで表示された、マリコにはおなじみのアラビア数字が並んでいた。もちろん、末尾の数字は一秒ごとに一つずつ増えていく。
「これは……」
「あら、時計がそんなに珍しいの? 確かにそんなに安い物でもないけど、うちの里でも持っている人は何人か居たはずよ。ねえ、ミランダ。あなたも時計は持ってたわよね」
時計を返して絶句するマリコをよそに、サニアは洗い物をしているミランダに声を掛けた。
「ん? ああ、時計か。一応、私も持っているぞ。ただし、自分で買い入れた訳ではなく、家に居た頃に贈られた物だがな」
「本当ならうちの宿の外壁にも大きいのが一つ欲しいところなんだけどね。そうすれば、皆が見られるんだけど、高いのよねえ」
「さすがにそれは、里がもっと大きくなってからでいいのではないか? 表の透き通った石が高いのだと聞いたぞ。水晶を削って作るのであろう?」
「そうよねえ……」
「サニアさん、これも魔力で動いてるんですよね?」
マリコは、時計談義を始めた二人に割り込んで聞いた。
「そうよ。ここから魔力を補給してやれば、壊れない限りずっと動いてくれるわよ。時間もズレたりしないし。そういう回路を組み込んであるって聞いたわ」
サニアは時計の竜頭に当たる部分を指差しながらマリコにそう説明してくれた。
(機械じゃなくて魔法の技術で作ってあるから、針式じゃなくていきなりデジタルなのか? 何か科学の代わりにいろんなところに魔法が食い込んでるなあ)
「では、これは夜中になったら……」
「そうよ。真夜中の二十四時になったら零時に戻るのよ、ってマリコさん、そこも怪しかったところなの?」
「いえいえ、念のために聞いてみただけです」
(そうか。一日が二十四時間なのもやっぱり同じなのか)
マリコが一人納得していると、カウンターの外に空になった食器を持ったタリア達がやってきた。
「「ごちそうさまでした!」」
「ごちそうさま。じゃあ、サニア、私ゃこれで上がるから、後は頼んだよ」
「はい、二人ともよくできました。分かったわ、母さん。二人はお願いね」
「はいよ。おまえにもマリコのことをお願いしとくよ」
「ええ、お疲れ様」
「「おやすみなさーい!」」
「おやすみなさい」
「「お疲れ様でした。おやすみなさい」」
挨拶を交わした後、タリアは子供達二人を連れて奥へ消えていった。タリアに何を頼んだのかとサニアに聞いたマリコに、お風呂に入れて寝かせる、という答えが返ってきた。子供を最後まで起こしてはおけないので、サニアと交代で面倒をみているということだった。
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