061 夕食戦線異状あり 4
マリコが二杯目を注いでもらったジョッキを今度はさっきより味わいながら傾けていると、落ち着いてきたと思われていたビールと肴の注文が目に見えて増え始めた。
(おおう、一段落したかと思ったのにっ。ああ、置いといたらぬるくなる)
三分の一ほど残った中身をカッとあおり、タンッと軽く音を立ててジョッキを脇に置くと、マリコは自分の守備位置へと戻った。その様子をカウンター越しに目にしてさらにビールの追加を頼む者が出る。マリコもさすがに、自分の飲みっぷりが注文を誘発している、などということには気が付けなかった。
◇
「鳥四、皮四、ズリ二、キモ二、豚四、お願いします」
「鳥四、皮四、ズリ二、キモ二、豚四、承知した。ズリは今の注文で終了だ。で、これが先の鳥六、皮六、豚六だ」
カウンターの前に戻って来たマリーンの言葉にミランダが近づいて行って応える。
ミランダが給仕の娘から注文を聞き取った分の串を取ってマリコの脇へ置き、逆に焼きあがった分をマリコから受け取って皿に盛り付け給仕へと回す。夕食時間が始まってじきにこの体制ができあがっていた。マリコが移動したり余計な作業をする分、出来上がるのが遅れてしまうので、マリコを焼くことに専念させるためである。
復唱することや焼き鳥各種の略称などは、マリコがなんとなく言ったことがそのまま実行されており、間違いにくそうだと定着しそうな勢いである。
(それにしても一度も間違わないんだから、ミランダさんすごいな。とは言え、皆が皆そうはいかないだろうし、また焼き鳥を出すなら注文用紙でも作った方がいいような気がしてきた。タリアさんかサニアさんに言ってみるかな)
これまでのメニューの数に加えて、焼き鳥の分種類が増えているのだ。一つ一つが小さい分、数も多くなっている。注文する時に代金を払ってもらうので取りはぐれはないにしても、届ける時に間違える確率は高くなるだろう。マリコはどうするのがいいか考えていた。
「マリコ殿。貴殿は酒にも強いのだな」
次に焼く分の串を持ってきたミランダが、考え込んでいたマリコに後ろから声を掛けた。今火に掛かっている分はまだ乗せたばかりで、渡せるほど焼けていない。マリコはミランダを振り返った。
「どうしたんですか? いきなり」
「いや先ほど、小なりとはいえジョッキ二杯のビールを立て続けに干されたであろう? 大丈夫かと思って見ていたのだが、顔色ひとつ変えておられぬからそう思っただけだ」
「ああ、心配してくださっていたんですね。ありがとうございます」
「いや、特に心配していた訳ではないぞ。もし今マリコ殿が倒れたりすると焼き鳥を焼く者がだな……」
マリコが礼を言うと、ミランダは目をそらして何やら言い訳をつぶやき始めた。その顔を見て頬をゆるめそうになったマリコは、自分がビールを飲んでいる時、ミランダは水を飲んでいたことを思い出した。
「ミランダさんはお酒は飲まないんですか?」
「いや、飲まないわけではない。私とて一応大人だからな。ただ、少々の酒で酔いつぶれたりはせぬが、今のマリコ殿ほど平気な顔もしておられぬと思う。赤くなるのだ。マリコ殿は何故そんなに強いのだ」
「いえ、特に強いというわけでもないと思いますよ。今みたいに火の前で汗をかきながらだと、酔うより先に全部汗になって出てしまうだけじゃないでしょうか」
「ある程度そういうことがあるというのは知っているが……」
(ん? 本当にそれだけなのかな)
ミランダにそう答えながらも、マリコはふと疑問に思った。確かに汗をかきながら飲むビールでは酔いにくい。真夏のビアガーデンに行くと、涼しい屋内で飲むよりたくさんのビールを飲めるというのは、経験がある人も多いだろう。ただ、それにしても限度はある。今のマリコには酩酊感が少ないどころか全くなかったのだ。
(確かに、今の私は酔っていなさ過ぎなのかもしれない。これも「マリコ」かゲームの何かが影響しているんだろうか)
マリコは、こういう状態に影響しそうなスキルなどが無かったか考えていった。
(もしかして、抵抗してるのか?)
抵抗とは、ゲーム上のシステムの一つであり、魔法や毒などといった、物理的攻撃以外の作用に文字通り抵抗することである。相手となる作用の種類によって、例えば魔法に対しては「魔力抵抗値」というものがある。これが高いと敵の魔法が掛かりにくかったり効果が下がったりすると同時に、味方の支援魔法の効果が上がることにもなる。ただし、これはスキルではないので障壁系の魔法のように任意に発動できるものではなかった。
(今の状態だと敵味方を全部自動的に振り分けというわけにいかないから、自分の判断が影響してるんじゃないだろうか。仕事中で酔っぱらうと困るからアルコールに抵抗したっていうのなら分かるような気がするな。本当にそうなら「マリコ」の抵抗値は結構高いはずだから、いくら飲んでも酔わないっていうことができるのか? いや待てよ。自分の判断なんか影響しなくて、単に「アルコールは毒」という扱いになってるのなら、私は酔いたくても酔えないっていうことに……)
キュウッと、マリコの両耳がいきなり摘み上げられた。
「ひゃあっ!?」
飛び上がったマリコが前に目を向けると、いい笑顔で耳を摘んでいるミランダの顔があった。
「ミランダさん! 何するんですか」
「考え込んだマリコ殿は少々呼びかけたくらいでは応えないからな。学習したのだ。でだ、マリコ殿。焼き鳥」
「あああっ!」
耳から手を放されたマリコは、ぞわぞわする耳をこすりながらあわてて火の方に向き直った。
幸いなことに手遅れには至っていなかった。
酔いつぶれるのも困りますが、酔えない酒も困りますよね。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




