056 猫耳メイドさんと 11
危うく声を上げそうになって口元を押さえたマリコは、はたと現状を思い出した。今は「マリコ」なのだ。むしろ、騒ぐ方がおかしいことになる。口を押さえたまま様子をうかがうと、ミランダは枕を抱えてうつ伏せになったままで、今のマリコの挙動には気付かなかったようだった。
(危ない危ない。普通にしていればいいんだ。トイレの二の舞になるのは困るから、うっかり男湯に入らないようにすることだけ覚えておこう)
そんなものより、今は目の前のしっぽこそが最重要事項である。マリコは眼下でゆらゆらと動いているミランダのしっぽに目を向け直した。
「ミランダさん、ちょっとこう、しっぽを真っ直ぐ立ててもらってもいいですか?」
「ん? こうか?」
シュミーズを押し上げて、ミランダのしっぽが真っ直ぐに立ち上がった。身体に沿って下がっている時にはふくらはぎの後ろくらいまであったしっぽの長さは、六十センチほどだろうか。立ち上がったその先端は、ミランダの腰の横に座っているマリコの顔に近い高さまで届いた。大きさからすると、猫というより虎のしっぽに近いだろう。
「おお」
「そんなに珍しいものでもあるまいに」
声を上げて感心するマリコにミランダが呆れたように言う。
「自分にはないんですから、十分珍しいですよ。触っても?」
「う、うむ。参られよ」
ミランダは枕を抱え直すと気合をいれて答えた。マリコはそっとしっぽに手を伸ばすとその真ん中辺りを軽くつかんだ。つかんだ部分から先のしっぽがわずかにうねる。
「んっ」
身構えていたミランダは予想どおりのくすぐったさにわずかに息をついた。マリコはミランダの腰にもたれかかるように身体の位置を直すと、今度は両手を使ってしっぽに触り始めた。
(随分太くて長いけど、昔うちにいたトラのしっぽによく似てるなあ)
左手で握ったしっぽの表側を右手で毛並みを整えるように撫でていく。
「くっ」
(ああうん、この色合いはトラにそっくりだ)
今度は裏側を、やはり毛並みを整えるように根元から先へと撫でる。
「ふくっ」
(トラが年を取って死んだ後、ばあちゃんに「生き物を飼うというのは、その生き物が死ぬまで見届けることだ」って言われて、結局その後は猫は飼わなかったんだよな)
しっぽの先端を、筆の穂先をそろえるように撫で上げる。マリコの意識が段々としっぽに埋め尽くされていく。
「ふっ」
(ああ、このすべすべして気持ちのいい感触。柔らかい毛並みがいいなあ)
軽くつかんだ右手で、しっぽを扱くように何度も何度も撫で上げる。
「ひっ」
(このちゃんと骨が入っている感じが不思議だなあ)
しっぽの先端から、ひとつひとつの骨を摘んでは、その形を確認し始めた。
「ひゃ、んんーーーっ」
えもいわれぬ感覚に、ミランダは抱えた枕に顔を押し付けて声をこらえながら、揃えて伸ばした両足のつま先をくねくねさせた。
(そうそう、しっぽの根元の裏側って左右に分かれるように毛に分け目がついててかわいいんだよな、ふふ)
骨を順番に摘んではコリコリと刺激してくるマリコの指がしっぽの根元に及んだ時、ミランダは耐えられなくなって声を上げた。
「そこはだめだマリコ殿っ! ひっ」
ミランダの腰が跳ね、靴下に包まれたミランダの足先がきゅっと丸まる。ミランダがなんとか首を巡らせて後ろを振り返ると、ミランダの腰はマリコにガッチリと抱え込まれており、左手で捕まえたしっぽに頬ずりしながら右手でしっぽの根元をこねているマリコの後姿が見えた。
「マ、マリコ殿。頼っ、もう、それを、やめっ。んっ、だめっ。ああっ、ひっ。なにか、んんっ、や、ああーーっ」
膝から下をバタつかせていたミランダの身体が一際強く跳ね上がった。
「えっ!?」
マリコはその衝撃でようやく我に返った。ミランダの腰を押さえ込んでいた身体を起こして振り返ってみると、ミランダははあはあと荒い息をつきながらぐったりしていた。マリコはあわててミランダの背中をさすりながら呼びかけた。
「ミランダさん? ミランダさん、大丈夫ですか。しっかりしてください」
「んっ……」
「あっ。ミランダさん?」
ミランダが薄目を開いた時、コンコンとノックの音が響いた。マリコは飛び上がって扉の方に顔を向けた。反射的に返事をしようとして、あわてて思いとどまる。
「マリコさん、戻ってる? ミランダも一緒かしら?」
聞こえてきたのはサニアの声だった。マリコはミランダを振り返ると、捲れたままになっていたミランダのスカートの裾を下ろし、急いでその身体にシーツを被せた。
さすがにちょっと……そのうち手直しするかも……
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