053 猫耳メイドさんと 8 ★
少々短めです。
「律儀ですねえ、ミランダさん。黙っていても良かったのではないですか?」
「何を言われるか。勝負は真剣に行うもの、約束は守るためにあるものだ。理由もなく違えるわけにはいかぬ」
「いいんですか?」
「無論だ」
真面目に答えるミランダを見て、マリコは微笑ましく思った。同時に猫耳としっぽへの執着も甦ってきた。両手の指が何かを求めるようにワキワキと蠢き始める。
「それでは約束どおり……」
指先を蠢かせたままゆっくりと腕を上げかけたマリコから、ミランダはあわてて飛びすさった。
「い、いや、待たれよマリコ殿。今ここではダメだ」
広げた手のひらを盾のように突き出して言う。
「考えても見られよ。耳はともかく、私のしっぽに触れようとするなら、その、あれだ、一緒にいろいろと見えてしまうではないか。マリコ殿はいたしかたないにしても、こんな広場の真ん中でそんな破廉恥な真似ができるものか。それに、マリコ殿の案内がまだ途中だ。そちらを先に片付けねばならん」
そう言われて、マリコは改めてミランダを見た。ミランダのしっぽは膝丈のスカートの裾から出ており、半分以上はスカートの中に隠れている。つまり、それを全て見るためには少なくともスカートを腰辺りまで捲り上げなければならないということである。確かに屋外ですべきことではない。
「それはそうですね。では、どうしましょう?」
「宿の外にある物は粗方見て回った故、あとは建物の中を一通り見てもらっておかねばならん。その後で私の、いや、マリコ殿の部屋にお邪魔するということでよろしいか?」
「分かりました」
「では宿に戻ることにしよう」
二人は敷地を横切って宿に戻ると、下から順に各階を巡って行った。四階建ての建物の二階から上の部分は、一部がタリア一家の住居として使われている二階以外は全て、大小の客室になっていた。トイレや物置などの位置を確認しながら進んで行った二人は、最後に屋上からさらに一段突き出した物見台に登った。
宿の天辺にある物見台からは、里の全てが見渡せるようになっていた。軒下には青銅か何かでできているらしい、少し緑青が噴いた厚めの金属板と木槌がぶら下がっている。
「これは危急を知らせる時に叩くものだ。叩く回数が多いほど緊急な事態ということだから、覚えておくといい。ここだけではなく、里の端など何ケ所かに同じ物があるぞ」
ミランダが木槌をもてあそびながら説明してくれた。
(半鐘みたいなものなんだな)
「緊急事態って、どうするんですか?」
「これが連打されるようなことがあったら、里の皆はこの宿に逃げ込むことになっている。大型の野獣の群れが出た時や山火事の時などだな。まあ、そんなことは滅多にないとは聞いているが最前線故、油断しないに越したことはないだろう」
「そうですね」
マリコは頷きながら景色を見渡した。物見台から見える里は、宿の近くに数十の建物が並び、その周囲を畑と柵に囲まれていた。柵の外側は多くが森になっている。畑にはポツポツと作業している人がおり、転移門の向こう側の放牧場には牛や羊の姿が見える。それはゲームが始まる田舎の村に少し似てはいたが、それでも明らかに違う景色だった。
(本当に、一体ここはどこなんだろう。あの巨乳女神様とはどうやったら会えるんだろうか)
わずかに吹いている風に顔を撫でられながらマリコは思った。
「さて、マリコ殿。とりあえず、ざっとしたものではあったがこれがここ、ナザールの宿屋だ。細かいことはまた追々、詳しい者に聞いてもらえばいいだろう。私も知らない事は多いであろうからな」
「はい」
ミランダの声がマリコの思考を現実に引き戻した。
「では下に降りよう。マリコ殿の部屋にお邪魔せねばならぬ」
「はい」
続くミランダの声がマリコの思考を猫耳に引き戻した。
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