052 猫耳メイドさんと 7
「だ、大丈夫ですか!?」
マリコはミランダに駆け寄って声を掛けると、手を差し出した。
「マリコ殿、貴殿は私に怪我をさせないためだけにあんな技を出し続けたと言われるか」
「え? ああ、まあそういうことになりますね」
地面に座り込んだまま聞いたミランダにマリコは曖昧な答えを返す。ミランダはますます呆れた。彼女は同じ場所ばかりに打ち込み続けたわけではない。太股やすねを狙うこともあったし、逆袈裟や突きも織り交ぜて打ち込んだ。それにも関わらず、最後にはほとんどどこに打ち込んでも木刀を持って行かれる羽目になったのだ。どれだけの技量を持っていればそういうことができるのか、ミランダには見当がつかなかった。
「それだけの技量があれば、加減も容易かろう。軽く一太刀当てれば終わりだったではないか」
「いえ、その加減ができるかどうかよく分からないんです。もしミランダさんに当ててしまった時にどれだけダメージを与えてしまうか見当がつかなかったもので……」
「は?」
もちろん、マリコも元の自分の身体なら力加減も分かる。しかし、恐らくいろいろと補正が付いた今のマリコの身体でどれだけ加減が効くものなのか。また、ゲームにあった運が悪くても最低限これだけは出る、いわゆる最小ダメージのようなものがあるのではないか。そう考えたマリコは攻撃することができなかったのである。
「ああ、例のいろいろ忘れているという……。そんなところまで忘れているものなのか。大変だな、マリコ殿」
「ええ、まあ」
ミランダはようやくマリコの手を取ると、立ち上がって聞いた。まさか身体ごと変わっているから分からないと言うわけにもいかず、マリコは言葉を濁した。
「そういうことならば、先に立木打ちか何かで試してみるべきであったな。失礼いたした」
「いえ、私も実際に構えてみるまでそこに考えが及びませんでしたから」
「では、試しに行こう。あそこだ」
ミランダは、的らしき物が立っているのとは別の壁の方を指差すと、そちらに向かって歩き始めた。見れば壁際に杭のような物が何本か立っている。マリコもミランダに付いて歩いて行った。
近づいてみるとそれは直径十センチあまりで人の背丈ほどの高さの丸太だった。それが数本、間隔を置いて地面に打ち込まれている。よく見ると丸太の左右には打ち込みでできたものらしいえぐれがあちこちにある。
「普段、皆が打ち込み稽古に使っているものだ。これで試して見られよ」
「ええ、やってみますね」
マリコは丸太の前で構えると、まずは手首だけで木刀を振って丸太を軽く叩いてみた。
コンコンと、木がぶつかる音がする。特に変わったことは起きない。
次にマリコは、木刀を振りかぶると右から袈裟懸けに振り下ろした。
「えいっ」
木刀の切っ先がヒュンと風を切り、丸太に吸い込まれたかと思うと、バキャッという音と共に木の欠片が飛び散った。見れば丸太はその太さの半分ほどを削り取られている。ミランダが息を呑む気配がマリコにも分かった。
(やっぱり)
「マリコ殿、次は隣の立木にずれて全力で打ちこ込んでみられよ」
予想以上の威力に内心冷や汗をかいていたマリコにミランダが次を促す。マリコは頷くと一つ隣の木の前に立ち、木刀を振りかぶった。
「えいっ!」
気合と共に、先ほどと同じ右からの袈裟懸けが振り下ろされる。ビュオッという風切り音が唸り、一瞬の後に大きな破砕音が響いた。一拍遅れて、支えを失った丸太の上部がゆっくりと倒れて地面に落ちる。
(良かった……。ミランダさんに打ち込まなくて本当に良かった)
マリコは木刀を下ろし、安堵のため息をついてミランダを振り返る。
瞳をキラキラさせてプルプル震えるミランダと目が合った。
「マリコ殿!」
(あっ、まさか!?)
「貴殿は素晴らしい剣士だ!!」
ガシリ、とミランダに両の二の腕をつかまれて揺さぶられる。
「わっ、ミランダさん!? またですか!!」
「あの整った姿勢、鋭い気合、振りの速さと威力。あれだけの腕を持つ料理人がタリア様より強いなど、話を聞いた時には半信半疑であったが、なんということか。貴殿はきっと名のある剣士に違いない! そうだろう、マリコ殿!?」
「いや、それはもういいですから」
マリコは助けを求めて辺りを見回したが、今は近くに誰もいないのだった。
◇
「では、次の狩りには私も一緒に行けばいいんですね」
「もちろんだとも。むしろ今後はマリコ殿が主戦力ということになろう。剣についても是非ともいろいろお教え願いたいものだ」
しばらくしてようやく解放されたマリコは、ミランダとの話を進めていた。数日の内に何人かで野豚を狩りに出掛けることになる。
「では、ミランダさん。次はどこへ?」
「おお、そもそも案内の途中であったな。次は……。あっ!」
「どうしました?」
「勝負だ。マリコ殿」
「ええっ!?」
「いやいや、先ほどの勝負のことだ。あれは完全に私の負けであった」
「ああ、そういえば元々そういう話でしたね。すっかり忘れていました」
「忘れてもらっては困る。し、勝者たるマリコ殿には、ほ、褒賞を渡さねばならぬ」
微妙に目を泳がせながらミランダが言った。
(あっ! 猫耳としっぽ!)
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