496 東二号洞窟 7
「……鉄に銅にカルシウム、ナトリウムにマグネシウム、他にもいろいろ。うん、やはりこいつの身体の、少なくとも表側は金属成分の塊だな」
バルトは魔物に手を当てたまま、一同を振り返って言った。直接触って金属感知を使ったのだ。今この瞬間に砂を吐かれても対処できるよう、トルステンだけがバルトをかばえる位置に盾を構えており、残りのメンバーはそのトルステンが先ほど作った砂避けの石の壁の陰から覗いている。
幸いにも魔物は金属感知に対して特に反応を見せない。トルステンはそれでも構えを解かず、細い目だけをバルトに向けた。
「それで、奥行きはどの位ありそう?」
「感知できる範囲一杯、十メートルまでは続いてる。そこから先は分からん」
「やっぱり相当大きそうだねえ。どうしようね?」
「そうだなあ。問題は……」
「二人ともちょっと待って」
その場で話を進めかけたバルトたちをカリーネの声が遮った。坂の下を指差しながら続ける。
「話は構えなくてもいい所でしない? それに、こんな感じだからよく分からなくなってるけど、もうお昼過ぎよ?」
「ふむ、確かにそのようだ」
ポケットから懐中時計を引っ張り出したミランダが頷いて、文字盤をバルトの方へ向けた。数字は十三時近くを示している。
「なるほど。ずっと洞窟の奥に居たから、時間の感覚が鈍くなっていたのか。道理でさっきから腹が減った感じがする訳だ」
エプロンの腹に手を当てて撫でながらシウンが言う。シウンは人型や中間形態の時でも結構な量を食べる。燃費が悪いというより、元の身体の大きさ故だろう。言われて、バルトも空腹感を自覚する。降参と両手を挙げた。
「さっきの十字路まで降りて、話は食べながらにしようか」
今度は誰からも待ったは掛からなかった。
◇
お茶の湯気をあごに当てながらバルトは皆を見回した。右手にはカップ、左手には丸いパンで作られたサンドウィッチを持っていた。トンネル状の通路の中央にマリコが持っていた作業台が置かれ、一行はそれを囲んでいる。由来を考えたくない砂埃を避けるため、打ち水をした上で作業台を出したのである。壁に向かって徐々に床の傾斜がきつくなるので、傾いてかえって座りにくくなるイスは出さなかった。故に全員、立ったままの昼食となっている。
昼食と言っても今日はまだ出発当日なので、サンドウィッチは朝マリコたちが食堂で準備して持ってきたものだ。トンネル内で火を焚いて大丈夫かという懸念があったので汁物を作るのは避けたが、水の応用で何とかお湯は作れるのでお茶だけは淹れることができた。マリコとしては若干不満が残るが仕方がない。
(何かの魔法を応用すれば、火を使わずに料理したり、ごはんを温めたりもできそうな気がするんですけどねえ)
もぐもぐとサンドウィッチを咀嚼しながらマリコがそんな事を考えていると、一個目を食べ終えたバルトが口を開いた。多めに作られたサンドウィッチは籠に盛られて台の上に置かれており、シウンは既に三個目を手にしている。
「いろいろ考えたんだが、結論から言うと、今あれを倒すのは難しいんじゃないかと思うんだ」
「刀では分の悪い相手である、ということは認める」
「そうなのか? 何とかなりそうな気もするんだが」
「高熱が出る魔法で融かしてしまう、というのは?」
すぐに三人が反応した。順にミランダ、シウン、ミカエラである。今居る中では比較的好戦派と言っていい三人でもある。バルトはそれを聞いて頷き返した。
「うん。まず、戦って倒せるかどうか、という話からだな。あれ、大きさがはっきり分からないんだ。長さが最低でも十メートルはあるというのは分かったんだけど、本当のところは……マリコ、さん」
「へ? はい」
唐突に呼ばれて変な声が出たが、とりあえず返事をする。
「もしあれが、庭や畑に居るアレと同じような形だったとしたら、どのくらいの長さになると思、いますか?」
「ああ。ええと……」
最初にミミズっぽいと頷き合った件があったから話を振ってきたのだろうと理解したマリコは、それのサイズを思い浮かべた。実際には何種類も居るのだろうが、よく見掛けたものは、幅が五ミリ前後なら長さは十センチくらいだろう。もっと太いやつだと二十センチ以上あったような気がする。マリコがそう答えると、バルトは頷いてさらに聞いてきた。
「坂の上に居る、直径三メートルのやつは、そこから考えると長さは……?」
幅五ミリで長さ十センチなら比率は二十倍である。直径が三メートルなら……。
「六十メートル!?」
「うん。そのくらいはあるんじゃないかって考えておいた方がいい気がするんだ。そんなサイズの相手なのにミランダさんの言った通り、今俺たちが持っている武器では分が悪い。かと言って、ミカエラの言ったように魔法で融かそうにも、ここじゃ場所が悪すぎる。端っこをちょっと融かすくらいならまだしも、倒すとこまで行こうとするなら、こっちが先に焼け死にそうだ。そうならないか、ミカ?」
「うーん、確かに。熱の逃げ場が無いんだ」
これが地上なら、大威力の魔法を撃ち込んでもこちらが巻き添えを喰らわない方法はあるだろう。だが、トンネルの中では危険極まりない。
「シウンさんのなんとかなりそうだも、龍の姿で正面から戦う前提なんだと思うんだけど、どうだろう? 今の姿でやるにしても、もちろんブレスはミカのと同じ理由で使用不可」
「うむう……」
バルトの言った通りだったらしく、シウンは唸った。場が静まったところでバルトは続ける。
「それに、マリコ、さんは知ってるかもしれないけど、アレ、半分にちょん切っても死なないだろう?」
「ああ、そうですね。頭のある方が生き残る……」
ミミズやゴカイの仲間は身体がちぎれても再生する。マリコの言う通り、頭がある方が生きていれば、新たなしっぽが生えてくるのだ。
「うん。まあ、あの魔物がそこまでアレに似てるかどうかは分からないんだけど、前に戦った岩の魔物も、手足みたいなとこが無くなっても死ななかっただろう? おんなじなんじゃないかと思うんだ」
バルトの推測ではあるものの、それなりに可能性はありそうに思える。しかも、まだ話は終わらなかった。
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