495 東二号洞窟 6
一行は再び緩い坂を登っていく。流れた砂で足元は滑りやすくなっているが、それを特に苦にする者はいない。見た目はメイドさんの団体プラスアルファだが、能力的にはナザールの里での最精鋭集団なのである。再び砂が噴き出すのを警戒しつつ進んで行ったが何事も起こらず、じきに先ほどトルステンが立てた石の壁の傍まで近付いた。
「あれ?」
先頭を歩いていたバルトが意外そうな声を上げる。斜め後ろに居たマリコにもその理由はすぐに分かった。
「移動、してますよね?」
「ああ」
先ほど、トルステンは球体らしき物のすぐ下側に石の壁を立てた。もし転がり始めたら止めようという意図なので、距離を置いては意味が薄れるからだ。だが、数十センチほどだろうか、その間隔が明らかに広がっていた。石の壁は設置位置から動かないはずなので、動いたのは間違いなくこの丸い出っ張りの方である。
さらによく見ると、表面に見えていた同心円状の模様の向きが、前のまま変わっていない。転がったのではなく、真っ直ぐ奥へと引っ込んだようだ。
「これ、丸い玉じゃなさそうですね」
「うん。このサイズの球体じゃあ、さっき吐き出した砂の量はどうやったって入りきらないだろう」
マリコの言葉に頷いたバルトは後ろを振り返った。
「トル、もう一度石の壁を頼む。今度はこう、壁際に……」
バルトの指示に従って、横の壁から庇のように傾斜を付けた石の壁が一メートルほど伸びる。もし砂を吐かれても、これの陰に避ければ流されることはない。軒先で雨宿りをするような形になる。
いつでも石の壁の裏に隠れられるよう構えて待つことしばし、ズズッと音を立てて出っ張りがほんの数センチ引っ込んだ。さらに観察を続けると、数分ごとにズズッズズッと、ごくゆっくり動いて引っ込んでいく。とりあえず、こちらに向かって来る気配も無ければ再び砂を吐く様子も無い。並んでそれを見ていたバルトとマリコは、微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「ああいう動き方をするこういう形の生き物に一つ、心当たりがあるんだが……」
「偶然ですね。私もです」
大きさは全く違うものの、その昔、庭や畑をちょっと掘ればすぐにそれは見つかった。近所のため池で釣りをする時には、餌として掘って行ったものである。もちろん、ナザールの里の土を掘っても出てくる。
「うん、ミミズらしいと言えばらしい……んだけど! この向こうがどうなっているのか確かめようも無いし、これはどう見ても魔物で、ミミズなんかじゃないだろう!」
言いかけたところでマリコの背後に目を向け、何かに気付いたらしいバルトはいきなり声を張り上げて話の方向を変えた。マリコが後ろを振り返ると、カリーネを始めとした女性陣が、物凄く嫌そうな顔をしてバルトの方を見ている。さすがにマリコもバルトの言わんとするところを察した。
実際のミミズは口から土などを食べて、養分を吸収した残りを排泄物として出すのだ。もしこれが本当にミミズだということになれば、マリコたちはつい先ほど排泄物に押し流された事になる。それどころか鼻や口の中にまで入ってきていたのだ。実害はともかく、精神衛生上大変よろしくない。
「ほ、ほら、トル。これはただの砂だよな?」
その場にしゃがんで足元にこぼれている砂を握ったバルトが、額に冷や汗を浮かべてトルステンに話を振る。やれやれと言った表情を浮かべたトルステンは、それでもバルトに従って同じ様にしゃがみ込んで砂を取った。
「確かにこれは砂……、ん? なあバルト」
手に取った砂を眺めていたトルステンが顔を上げた。細い目がわずかに見開かれている。なんだと返したバルトにさらに言いつのる。
「もう一度、ちゃんと見てみて。これ、本当に砂しかないよ?」
「何!?」
トルステンの言葉を聞いたバルトは、表情を改めて手の中の砂に目を向ける。何か感知系のスキルを使って見ているのだろう。感知系のスキルは、ジャンルごとにいろいろなものがある。魔法が掛かっているかどうかを感じ取る魔法感知などがよく知られているものだ。大抵は集中する事でスキルが発動する。
(そう言えば、バルトさんは金髪ですから、金属系のスキルが得意でもおかしくないんですよね。トルステンさんは当然、土系のスキルが得意でしょうし)
そう思いつつ、マリコもしゃがんで砂をつかんだ。鍛冶系のスキルも取っていたので、そこまで高レベルではないが金属感知は持っている。集中して砂を見つめた。
「あれ? 本当ですね」
土や石の気配となるとマリコではよく分からないが、金属が含まれているのなら何がしかの気配が金属感知に引っ掛かるはずである。だが、それが感じられない。これは自然にある土や砂としては割と珍しい。砂金や砂鉄といった目に見える大きさの物が混じっていなくても、酸化物などの形で何らかの金属が含まれる事の方が多いのだ。見た目が砂で金属成分が無いなら、これは本当に砂ばかりということになるだろう。
マリコは手を叩いて立ち上がると、今度は通路の壁面に目を向けた。このミ……のような魔物が岩にトンネルを穿ちながら進んでいるのなら、零れた砂の出所はこの岩山ということになる。マリコは再び集中した。
「こっちには金属が含まれるんですか……」
スキルレベルが上がれば種類や含有量まで感じ取れるようになるらしいが、マリコではそこまではいかない。金属が含まれる、と分かる程度である。だが、その反応は足元の砂とは明らかに違った。こういう岩山だと、パターンとして多いのはやはり鉄分だろうか。マリコがそうして一人頷いていると、後ろから声が掛かった。バルトである。
「マ、マリコさんも金属感知が使えるんだな」
「ええ。まあ、何かある、って分かる程度ですけど」
「現状をどう見る? というか、トルと話したんだが……」
そう言って、じわじわと今も進んでいる、魔物らしき出っ張りを示した。その半球状の表面は、鉄のような鈍い金属光沢を放っているのだ。
「こいつは、岩を喰ってその中の金属分を体内に溜め込んでる、いや、自分の身体にしてるんじゃないかと思うんだ」
出発前にタリアたちから聞かされた、貴金属を多く含んだ身体を持つ魔物の存在。それと全く同じかどうかは分からないが、それに近い種類の魔物なのではないかとバルトは言う。ほぼ同じ事を考えていたマリコはしっかりと頷き返した。
ミミズ問題は棚上げ(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。