050 猫耳メイドさんと 5
ミランダは一旦木刀を下ろすとマリコを見た。一方のマリコは、受けの構えのままきょとんとした顔をする。
「強い? 私がですか?」
「何をとぼけたことを言われるか。わざと受けた攻撃以外はどれも難なく捌いておられたし、いくら加減してあるとて、それなりに威力の乗った木刀を受けて平気な顔をしておられる。貴殿のその服も興味深くはあるが、何よりマリコ殿自身の技であろう。タリア様より強いというのもあながち間違いではないのかも知れぬ」
「タリアさんよりって、誰がそんな事を……」
「朝、鶏を捌いておった時にな、タリア様ご自身が言っておられたのだ。マリコ殿には聞こえていなかったやも知れぬが、私は少々耳が良いのでな」
そう言って、ミランダは耳をピョコピョコと動かした。
(「マリコ」って、そんなに強かったっけ?)
マリコは自分の強さというものを測りかねていた。この世界に降り立ってから今ミランダと打ち合うことになるまで、強さがどうこうといったことを考える余裕自体がなかったし、ゲームの中でも「マリコ」が特に強いキャラクターだと思っていなかったからである。
ゲームを始めた当初、マリコと双子の姪は「どうせなら魔法を使ってみよう」とそれぞれ初級の魔法スキルを覚えて三人で冒険に出かけた。ろくにゲームシステムも分かっていない初心者が、作りたてのキャラクターでそんなことをすれば結果は明白である。魔法を撃つ前に接近されて殴られる、撃ったのはいいが倒しきる前に魔力が尽きてやはり接近されて殴られる、を繰り返した。
姪達が「それでも攻撃に魔法を使いたい」と言うので、それならとマリコはそれを支える方向へシフトした。近接戦闘――要は斬り合い殴り合い――で前線を支え、防御や回復のスキルで二人を守る、いわばタンク兼ヒーラーのようなスキル構成になっていったのである。そのうち、双子の方も支援や回復のスキルをある程度取得したので、三人の勝率は格段に上がった。結果的に単独でもやられにくくなり、当時のマリコは安堵した。
三人の一日当たりのプレイ時間はさほど長くはなかったが、それでも数年間続けているうちにマリコの近接戦闘、防御、回復系スキルのレベルは、その多くが最高の二十に達した。ただ、その頃には、三人が所属する――まだ初心者の時に誘われてなんとなく入った――プレイヤーギルドを含め、古参プレイヤーの中には全スキル完全習得などという者がゴロゴロ居るようになっていたので、マリコは自分が特に強いと思ったことがなかったのである。
(調理スキルがあれだったことを考えると、戦闘関係のスキルもレベルがそこそこ高いとかなり使える、強いってことになるのか? 確かに、さっきのミランダさんの攻めはちゃんと見えていたと思うな)
「そういうわけでマリコ殿。そろそろ貴殿の本当の腕を見せていただきたいのだ。先ほどのは受けるばかりで、まだ一度も手を出しておられぬではないか」
事あるごとに考え込むマリコに、ミランダが少しじれったそうに言う。
「ミランダさん、何かその、妙に勝負にこだわっていませんか?」
「もちろんこだわるとも。どうせなら強い相手と戦ってみたいではないか」
(どこぞの格闘家みたいなことを言い出した! これは一勝負しないと収まってくれないんだろうな)
「う、分かりました。手合わせしましょう。でも腕試しなんですから、勝ち負けはあまり気にしなくていいですよね」
「いやいや、勝ち負けは重要だぞ。私が勝ったなら、狩りの時マリコ殿には私の指揮下に入ってもらうことになるからな」
「え、それは私が勝ったとしても同じですよ。私、野豚狩りの経験はないんですから、どちらにしてもミランダさんの指示に従うことになると思いますよ」
「ああ、それは確かにそうなるな。む、それではマリコ殿の士気が上がらぬな」
「いえ、私はそう無理に士気を上げなくても……」
「いや、士気は重要だぞ。待たれよ」
手を挙げてマリコを止めると、今度はミランダが考え込んでしまった。
「よし、いいことを思いついた。マリコ殿、私に何かしてほしいことはないか? 貴殿が勝ったならそれを叶える、というのでどうだろうか。もちろん、私にできることなどたかが知れているし、美味い食事を作れとか言われても困るのだが……」
「え、いや無理にそんな条件つけなくてもいいですよ」
「褒賞というのは士気を高めるのに役立つものだ。マリコ殿、何かないか」
(聞いちゃいない。褒賞ねえ……)
マリコはミランダの顔を見ながら考える。ミランダの頭上で、また耳がピョコリと動いた。
(これだ)
「ではミランダさん、私が勝ったらミランダさんの耳としっぽを撫でさせてもらう、というのはどうでしょう?」
「耳としっぽ? これか? マリコ殿はまた妙なことを言い出されるな」
一瞬、しっぽをピンと伸ばしたミランダが答える。
「無理にとは言いませんよ。あ、もしかして家族とか以外に触らせてはいけない決まりとかがあるんですか?」
「いや、そんな決まりはないが……、そんなもので良いのか?」
「はい、だってかわいいじゃないですか。柔らかそうで、ふわふわしていて」
「かわいい……。昨日もそう言っておられたが、かわいいのか、これが?」
「はい」
「そ、そうか」
言い切るマリコの言葉に、ミランダはわずかに頬に熱を帯びるのを感じた。
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