493 東二号洞窟 4
通路幅一杯の巨大な玉が転がり落ちてくるというトラップは、創作物では最早定番と言ってよいだろう。見た目のインパクトと単純な分かり易さから、とある映画で有名になった後は多くの作品に登場した。マリコが思い出したのも、そうしたものの一つだ。
ただし、多用されているということは、それに応じて対処法もいろいろと示されているということでもあった。なにしろ、こういったトラップに引っ掛かるのは大抵物語の主人公たちなので、そう簡単に死んでもらっては困るのだ。主人公たちは何とかして生き延びる。
例えば、通路の端に身体を伸ばして伏せ、転がる玉をやり過ごすというやり方があった。仮に、断面が縦横三メートル少々の正方形である通路を、直径三メートルの玉が転がってくるとする。この場合、通路の四隅には隙間ができることになるが、この隙間が結構大きいのだ。
単純に三メートル角の正方形とそれに内接する直径三メートルの円で考えてみるとする。正方形の対角線の長さは約四・二メートルとなるので、この対角線と円周が交わる点と直近の正方形の頂点との距離は約六十センチとなる。ここには当然ながら、対角線の長さが約六十センチ、つまり一辺が四十数センチの正方形がすっぽり収まる事になるのだ。
これに対して、成人の肩幅は男性でも平均四十五センチ程度であり、女性だと四十センチ程に留まる。もちろんこれは肉体だけの話であり、衣服や装備を含めればもう少し大きくなるが、それでも身体を伸ばして斜めに伏せればほとんどの人は十分、この隙間に収まる事ができる。今のメンバーで言えば、怪しいのは大柄なトルステンくらいだろう。
ところが、である。現実はそう甘くなかった。
(せめて、この通路が四角かったら良かったんですが……)
マリコたちがやってきた通路はここまでずっと、断面がほぼ円形のパイプ状だった。伏せようにも角が無いのだ。マリコの額に冷や汗が浮かんだその時、隣りに立っていたバルトが、猛然と駆け出した。ダッシュしながら振り返って叫ぶ。
「まともに転がり出さないうちに止めるぞ、トル! 棘で時間を稼ぐから、その間に!」
「ん、了解!」
続いて列の後ろに居たトルステンも走り出した。すぐにマリコたちを追い抜いて前へ出る。ただ、バルトのセリフだけでは、二人の意図がマリコにはよく分からない。マリコはカリーネを振り返った。
「一体何を!?」
「ええと、棘って言ってたから多分、バルトが鉄棘を撃ち込んであれを一旦止めて、その間にトーさんが石板か石の壁を準備して受け止めるつもりなんだと思うわ。あれが見た目通りの硬さなら、バルトの鉄棘が一番確実だから」
鉄棘は攻撃系魔法である。対象の足元から文字通り棘が伸びて突き刺す。本来なら発動後数秒で消えてしまうのだが、スキルレベルが上がれば魔力の込め方次第でそれをある程度伸ばすことができる。同様の魔法に、木系統の木棘や水系統の氷棘があるが、相手が金属では刺さらなかったり砕けてしまったりする恐れがある。
それに対して、石の壁はもっと効果時間が長く、石板なら――砕けたり摩滅したりしなければ――ずっと残る。ただしこちらは発動即出現とはいかなかった。厚さや大きさに比例して、完成するのに時間を要する。だからこそバルトによる足止めが必要なのだと、カリーネは教えてくれた。
「山の木々の中で、動物が相手だったら、私やサンちゃんの拘束の出番なんだけどねえ」
「なるほど」
特に慌てる事もないカリーネの話し方に、マリコはバルト組が数年の経験を積んだ探検者であったという事を改めて思い出した。マリコ自身には能力とゲームでの知識こそあれ、実戦経験は少ない。
「あ、着いたわね」
一瞬動きはしたものの、何故かまだ転がり始めていない球体らしき出っ張りの手前の坂にバルトが立ち、その脇にトルステンがしゃがみ込んだ。
「転がって来ないのが不思議だが、間に合ったんだから良しとしよう。トル、始めてくれ。俺も念のために棘を撃ち込む」
「はいよ。石の壁!」
ズズズとかすかに音を響かせながら、トルステンの前に厚さ五十センチ程もある壁が、ゆっくりとせり上がってくる。ただし、立ち上がる壁の向きは通路を遮る横ではなく、縦方向だった。先に進むのが目的である以上、通路を塞いでしまっては困るからだ。転がって来た球は、止めた後で何とかして排除しなければならないが、動かないなら何とかなるだろう。
「鉄棘!」
トルステンの魔法の発動を見届けたバルトが仕掛けた。数は三つ。通路中央と左右にそれぞれ一メートル程離れた所から、同時に鉄の杭が飛び出した。それは同心円状の模様に見えた段差の部分にその先端を食い込ませる。謎の球体――らしき物――は、転がる事無く、何故か激しく振動したかと思うと、唐突に横一文字に口を大きく開いた。
そこからドドッと、大量の砂が流れ出る。元々足元に零れていたような、細かな砂。それが濁流となってバルトとトルステンに押し寄せた。
「何っ!?」
「うわっ!」
トルステンの石の壁が横向きだったなら、濁流もそこで止まったかも知れない。だが、縦に置かれた壁は水のように流れていく砂を留めるには、全く役立たなかった。二人はあっという間に足元どころか、下半身を攫われた。
「に、逃げろーっ!」
「「「「えええっ!?」」」」
倒れながらも警告を発したバルトだったが、深さ一メートルにも達する砂の洪水を避けさせるには、あまりにも無力だった。マリコ以下、後方で待機していたメンバーは皆、砂と一緒に坂の下へと流れ落ちていく。
唯一、咄嗟のホバリングで辛うじて空中に難を逃れたシウンだけが、流れていく一行を追って坂を下って行った。
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