492 東二号洞窟 3
一騒ぎあったものの、一行は程無く次々と穴の底に降りていった。シウンだけは自前の翼でホバリングしながらの降下だったが、後の皆は念のために垂らしたロープを命綱代わりに握りつつ、落下速度調整を使っての降下である。
そもそも、バルトも使った落下速度調整は、探検者をやっている者なら使えるようになっていることの多い魔法なのだ。なにせ始めの習得条件が「落下ダメージを受ける」なので、ちょっと高い所から落ちて痛い目を見た事のある者は大抵持っていた。使い込めば――レベルが上がれば――効果時間が延びたり、速度調整の幅が広がったりするのである。
「シウンさんも落下速度調整が使えない訳じゃありませんよね?」
銀の翼を広げて優雅に舞い降りてきたシウンを迎え、マリコは聞いた。
「ああ。あれ無しに飛べるようになる者は居ない」
龍には翼があるからといって、始めから上手く飛べる訳ではない。子供の内に庭先で飛び跳ねるようなところから始めて、徐々に高度と距離を伸ばしていくのだそうだ。その過程で一度も落ちない者はさすがに皆無のようで、落下速度調整が全く使えない龍は居ないとシウンは言う。
「転んだ事が無い子供は居ませんしねえ」
そう相づちを打ったマリコに、一緒に話を聞いていたカリーネたちがうんうんと頷いていると、「だが!」とシウンが何故か拳を握った。やけに気合が入っている。
「だからこそ、我らは滅多な事ではそれを使わないのだ!」
「どうしてですか!?」
「よいか、マリコ殿。我らは翼を持ち、空を駆ける部族だ。翼を以って空に上がった以上、翼を以って地に戻るのが当然。飛べる翼があるのに落下速度調整を使うのは、子供のする事なのだ!」
「ええと……」
シウンの言い様から察するに、龍族にとって落下速度調整による降下はカッコ悪い事らしい。子供のする事と言うのだから、自転車の補助輪のような存在なのだろう。そう考えればマリコにも分からなくもない。そんな話をしていると、最後だったトルステンが降りてきた。
「はいよ、お待たせー」
垂れたロープは帰りに必要になるので、そのままにしておくことになっていた。ロープを握っての登攀など普通に考えれば難しそうだが、今回のメンバーに限って言えば、身体能力的には問題は無さそうである。もしロープが無くなっていても、自力で飛んで上がれるシウンが居るので掛け直しは難しくない。その場合はむしろ、何者がロープを持って行ったかの方が問題になるだろう。
全員揃ったところでトンネル状の通路を進んで行く。一本道なのでとりあえず前進するしかない。少し進んだところで先頭のバルトが後ろを振り返って言う。
「この先で十字路になってるみたいだ」
「ええ。それで正面の道はじきに行き止まりになってるみたいに見えますね」
バルトの隣りを進むマリコがそう補足する。一行は一旦足を止めて音と気配を探ったが、近くで何かが動いている様子が無いので、そのまま十字路へと進んだ。
「正面と左は埋まってて、行けそうなのは右だけ?」
十字路の真ん中に立ったミカエラが、辺りを見渡して言う。マリコが見た通りの正面と左に向かう通路は、そのままでは進めそうになかった。どちらの道も数メートル先から、足元に零れているのと同じような砂場の砂くらいの細かさの乾いた砂が斜面を形作っており、それが少し先でトンネルの上の端まで届いている。
バルトはトルステンを呼ぶと、二人して正面の砂の斜面を登っていった。天井部分に頭が触れるところまで行ってしゃがみ込み、並んで砂をかき分ける。砂をどけた分だけ天井が見えるようになった。次に左側も調べてみたが、状況は同じである。
「通路自体は続いてるが、砂で埋まってるってことか。このまま掘って向こうへ抜けられるかどうか。どう思う?」
バルトにそう聞かれたトルステンは、改めて砂の斜面に手を当てたり叩いてみたりした後、首を横に振った。
「かなり厚みがありそうだよ、これ。ちょっと掘ったくらいじゃ向こう側に届かないんじゃないかな。まあ、掘って掘れないことはないだろうけど、そうすると掘り返した砂の持って行き場が問題かな」
トルステンはそこまで言うと、後ろの仲間たちを振り返る。掘り返した砂は、後ろに置くしかない。一メートル掘り進むには厚さ一メートル分の砂を後ろに置くことになる。つまり、自分たちが来た道を埋めながら前進することになってしまうのだ。もしそれをやると、帰りも掘りながらになる。
「後は例えば、掘った砂を全員のアイテムボックスに詰められるだけ詰めるのなら、少しは進めるとは思うけど、それをやるのは本当に行き詰った時でいいんじゃないかな?」
かなり無理があるが、一応の解決策を示しておいて、トルステンはバルトの顔を見返した。通路の直径を三メートルとすると、厚さ一メートル分で砂の体積は九立方メートル強。ただし、砂の比重は材質の石次第だが、概ね二から三くらいもある。一メートル進むごとに二十トンくらいの砂を仕舞わないといけないことになるのだ。さすがに現実的ではないと思ったのか、バルトは渋い顔をした。
「素直に通れる所から行けということか」
◇
残った右向きの通路を一行は進む。これは概ね北に向かう方向でもあるので、偶然ではあるが丘の中央に向かうという意味では予定に沿っているルートでもある。一本道のトンネルは、十メートルほど進んだ所から徐々に上り坂になっていった。傾斜自体はそれほどきつくないが、所々砂が零れているせいで、うっかりすると滑って転びそうになる。
ほぼ真っ直ぐなその坂道を百メートルほど登ったところで、正面にそれが見え始めた。坂の上、距離は三十メートルほどあるだろうか。バルトがつぶやく。
「行き止まりというか、何か、丸い?」
一行から見える形で言えば、トンネルを塞ぐように鎮座した、その直径とほぼ同じサイズの半球状の出っ張りである。向こう側が見えていないので、壁が半球状に出っ張っているだけなのか、球体のような物があるのか、それとも棒状の物の丸まった先端なのか判断がつかない。
灯りに照らされたそれは、岩というよりは金属に近い鈍い光沢を放っており、こちらを向いた出っ張りの先を中心に同心円状の模様が入っているように見えた。
「あれ、転がって来たりしないわよね?」
ポツリと零れたカリーネの声は、皆の内心を代弁したものだっただろう。実際、マリコも見た瞬間に「ああいうのが転がって来る映画、ありましたよねえ」と思ったのだ。
それは次の瞬間、カリーネの声が聞こえたかのようにズズッと動いた。
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