491 東二号洞窟 2
やや左に曲がった通路の先にあったのは、今度は右に曲がる通路だった。元々真っ直ぐという訳ではない通路がS字にうねっていたのだ。S字になった部分は幅がやや広くなっており、それもあって奥まで光が届かなかったらしい。通路はその先でまた三メートル程に戻っている。だが、それもほんの少しのことだった。
「縦穴?」
誰かがぽつりと呟く。筒状の通路は数メートル先から下向きのカーブを描いていた。床に付き始めた傾斜は先に行くほど急になっており、やがて垂直になっているようだ。カーブの径が大きいせいで、一行が立っている所から穴の奥までは見えない。床が砂っぽいので、あまり近付くとそのまま斜面を滑り落ちてしまいそうだ。灯りの掛かった盾を掲げたバルトは、覗き込もうとしたものの早々に諦めて振り返った。
「トル、頼む」
「はいよ」
一旦剣を鞘に収めて前に出てきたトルステンは、斜面の手前で膝を突いた。大盾を脇に置いて、地面に手を向ける。
「石板」
このところ風呂場作りや道作りでやたらと活躍している、土や岩を板状にする魔法だ。筒の内側といった形だった通路の床の左右がへこみ、その分中央が盛り上がっていく。さして待つ間も無く、穴の手前に一辺二メートル程の平らな床ができあがった。
「結構深いみたいだね。底らしいのがぼんやり見えるよ」
大盾を持ち直したトルステンが穴の中を見下ろして言う。トルステンの大盾にも灯りは掛けてあるのだが、その光がきちんと届かない深さらしい。皆で代わる代わる覗いてみるが、暗視能力のあるマリコの目で見ても「一応底はあるな」くらいしか分からない。
「私が降りてみようか?」
直径約三メートルの縦穴なので飛べないことはないとシウンが手を挙げたが、何が出てくるか分からないとさすがに却下される。
「カーさん、灯り付きの矢を射込んでみてもらえるか。横穴があるなら、それで見えるだろう」
「分かったわ」
バルトの提案で、カリーネが下に向けて弓を構える。放たれた矢はひょうと音を立てて飛び、カツンと穴の底に突き立った。底までの深さは十メートル少々といったところだ。灯りに照らされて底の様子が見えるようになったが、どうやら穴の底は縦穴より広くなっている部分があるようで、それが横穴であるのかどうかは上からでは分からない。
「何も出て来ないな。降りてみるから、トルは登り用のロープの準備を頼む」
しばらく様子を見た後、バルトが言った。当然のように先陣を切るつもりのようだが、バルトの組ではこれが普通である。防御力の問題でバルトかトルステンになるのだ。男だから、というのも無い訳ではない。話には聞いていたし、気持ちも分からないではないので、マリコも特に異論は唱えなかった。
一方でトルステンは再び魔法を使って石の柱を生やす。通路が基本的に石のトンネルなので、そのままではロープを結びつける所が無いのだ。一般的にはロープを掛けるペグでも打ち込むところなのだろうが、抜けたり壁側が割れたりする事を考えればトルステンの魔法の方が間違いが無い。
「じゃあ、呼んだら皆、降りてくれ。落下速度調整!」
自分に魔法を掛けたバルトは、剣と盾を構えて穴の縁から中空に踏み出した。そのままエレベーター程度のスピードでゆっくりと降りていく。
十数秒掛けて穴の底に降り立ったバルトは、素早く周囲に視線を走らせる。上から見て思っていた通り、穴の底は少し広くなっていた。筒状の穴の先に球状の空間がくっついているような形だ。直径は約四メートルそこそこといったところか。
そして、やはり奥へと続いているらしい横道が、一本だけあった。西に向かってほぼ真っ直ぐ延びているそれは、上の通路と同じ様な太さである。光の届く範囲には特に何も動く物は見えず、バルトは構えたまましばらく待ったが、何かがやってくる様子も無い。
バルトは横道に目を向けたまま、状況と指示をメッセージに打ち込んでトルステンに送った。手間は掛かるが、怒鳴って何かを呼び込むよりはずっといい。メッセージを受け取ったトルステンはマリコに声を掛けた。
「横道は一本だけ。今のところ大丈夫そうだから、順に降りてくれって。マリコさんからだね。それと……」
トルステンはそこで一度言葉を切ると、言いにくそうに額を掻いた後、その指を穴の底に向けた。
「ちゃんと受け止めるから、って言ってるけど、どうしよう?」
「受け止めるって……、大丈夫なんでしょうか」
マリコを含めた女性陣が下を見ると、盾だけを手にしたバルトが両手を広げて立っているのが小さく見える。さすがに剣は腰に戻したらしい。
「あの馬鹿、何考えてるの」
小さく毒づいたカリーネは、呆れ顔で素早くメッセージを打ち込んで送信する。相手はもちろんバルトなのだろう。
「あ、バルトさんが……」
下を見下ろしたままだったマリコの視線の先でバルトは、何かに気付き、何かを操作し、驚いたように一度顔を上げ、肩を落として横道の方へと入って行った。マリコは他の皆を振り返る。
「どうしたんでしょう?」
「え!? いや、マリコさんは何も気にしなくていいのよ? ほら、降りて降りて」
「はあ」
カリーネに肩を抱かれて、穴の方へと回れ右させられながら、マリコは首を捻った。
なお、バルトが受け取ったメッセージは次の通り、極短いものであった。
『パンツ覗き魔?』
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