490 東二号洞窟 1
マリコを抱えたシウンは、地面を蹴ってふわりと青空に舞い上がる。そのまま高度を取りつつ、進路を東に向けた。山の木々がやや小さく見える高さまで上がって水平飛行に移る。マリコが下に目を向けると、バルトたちが敷いた道が延びているのが、後方へと流れていく木々の間に時折見えた。
「空を飛べるって、やっぱりすごいですよねえ」
初めてという訳でもないので、今回はマリコにも話をするだけの余裕があった。空からの景色につい感嘆の声を上げると、シウンは元々至近距離にあった顔に微妙な表情を浮かべてマリコに向ける。
「二度童すら治してしまわれるマリコ殿にそう言われてもな。ふむ、ならばここは一つ、本当にすごい速度というものを……」
「いや! 今はこれで十分ですから!」
翼に力を込めようとするシウンを慌てて止める。空を駆けるスピードについては一家言を持つ龍たちだが、さすがに人を運んでいる時に最高速に挑もうとは思わなかったらしい。
加減してくれているのは分かっていたが、それでも足元を流れる景色などからのマリコの体感では時速数十キロ。百キロまでは行かないという程度には出ているだろう。シウンの全力には程遠いが、それでも地上を行くよりは何倍も速い。
少し先を並んで飛んでいる赤と黒の龍も、見た目の大きさが変わらないところを見ると、同じ様に加減して飛んでくれているらしい。もっと大きいはずなのに既に赤黒い点にしか見えないもう一体については、マリコはもう見なかった事にした。
「ナニカアッタラ、レンラクヲ。スグニトンデクル」
小一時間後、形態変更をする間も無くゴケンたち三人が飛び去って行った後には、片膝を突いてプルプルしているバルトと真っ青な顔でぶっ倒れたトルステンが残された。マリコは本日初の回復系魔法を使う事になる。
◇
「入口は狭いが、すぐに割と広くなる。とりあえず確認したのはそこまでだ。皆、いいか?」
バルトたちが見つけて塞いでおいた入口は、洞窟のある丘の南側にあった。丘の斜面の岩肌の一部が、四角い滑らかな板状になっている。途中の道にも使われている、トルステンの魔法である。全員の様子を確かめたバルトは、そのトルステンに向かって頷いた。
「じゃあ、行くよ。解除!」
魔法が解かれ、四角い板がザラザラと崩れて土に帰る。後には、人が立ったままで十分に通り抜けられそうな穴が口を開けていた。それぞれが武器を構え、灯りや効果時間が長目の防御系魔法は一通り掛けてある。一行は東二号洞窟へと進入した。
マリコは先頭のバルトに続いた。いつものバルト組なら、状況に応じて盾持ちのトルステンか手数の多いミカエラの位置なのだが、今回は最大戦力を前に出した形である。両手剣がどこまで振り回せるか分からないので、二人共今は片手剣と中型の盾を構えていた。二人の盾には灯りが掛けられ、前方を照らしている。
次にミカエラ、サンドラ、カリーネとバルト組の女性陣が続く。ミカエラは短剣、サンドラは細身の剣、カリーネは弓を構えているが、サンドラとカリーネは魔法の方が主体である。今の段階では、カリーネの弓の先端で光る灯りが一番活躍しているとも言えた。
その次に龍のシウンが居る。中間形態のままのシウンも一応片手剣を持ってはいるが、飛ぶ可能性を見越して身軽な方がいいと盾は持っていない。現状ではほぼ予備兵力であり、ゴケンが落ちたような広間に出た時が本領だろう。
最後にミランダとトルステンが続く。実戦ではまだ刀しか手にするつもりのないミランダと大盾を持つトルステンの役所は、紛う事無き殿である。ミランダについては、シウンに指示を出すという役目もある。
「本当にすぐ広くなりましたね」
バルトの真後ろだった位置からやや左へとずれながら、マリコは洞窟の中を見回した。入口を入って五メートル辺りから、穴は漏斗のように広がっており、さらに五メートル進む頃にはほぼトンネル状になっている。幅も高さも三メートルはありそうで、まっすぐ一列になっている必要はなさそうだった。
「ああ。でもここから先は見てないから、何があるか分からない。それに、この通路も普通の洞窟じゃなさそうだ」
バルトはそう言って一度足を止めると、革グローブをはめたままの手で通路の壁を撫でた。石の壁面は滑らかではなく、横方向に削られたように筋が入り、ザラザラしている。
「確かに、他の洞窟みたいに鍾乳洞っぽくはないですね」
バルトたちがいつもスライムを狩っている東一号洞窟もアドレーたちと行った西二号洞窟も、洞窟全体ではないにせよ、入口付近は水気も多く岩肌はすべすべしていた。概ね鍾乳洞そのものである。
「こんなに乾いてるんじゃ、スライムはいないのかもしれないわね」
すぐ後ろからカリーネが言った。スライム狩りが女性陣の仕事になっているので気にはなるのだろう。マリコが見たスライムも鍾乳洞の水たまりのような所に居たので、ここの乾き具合では現れそうにない。
「スライムはスライムで面倒な相手なんだが、それが居ないとなると……何が居るんだ?」
さらに十数メートルほど進んだ後、やや湾曲した通路の先に横の壁面が途切れたように暗く見える所が現れた。灯りの光が十分届く距離なのに暗いという事は、そこには光を反射する物が無いと考えるべきだろう。
「広間か、それとも急カーブか。何か居るかも知れないから、皆、気をつけろ」
握り直されたバルトの剣が、チャキリと小さな音を立てた。
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