486 道の向かう先 9
「ゴケンさん!」
バルトたちは岩の欠片や倒れた木を避けながら、さっきまでゴケンが居た辺りに向かって駆け寄った。もちろん、そこにゴケンの姿は無い。しかし、ゴケンがどこへ行ったのかがはっきり分かる物が目に入った。
「穴が開いてる……」
「ええ? ここに落っこちたの!?」
岩山の上には、ちょうど龍が通り抜けられそうな大穴が口を開けていた。覗き込んでみると、どうやら相当深いようだ。穴の壁面は割れた岩で、かなりの厚みがあるのが頭上から差し込む陽の光で見て取れた。だが、それが途切れた先は暗闇が広がっていて何も見えない。
「これは洞窟か……? とすると、天井をぶち抜いて落ちたのか!?」
「「ゴケンさーん! おおーい!」」
冷や汗を浮かべるバルトの横で、ミカエラたちが呼び掛ける。すると、下の方でガラガラと石の転がる音が響き、続いて「オオー」とゴケンの声が聞こえてきた。少なくとも返事ができる状態だと分かって、一行は顔を見合わせて安堵の息を吐いた。
「大丈夫ですかー!? 上がれますかー!?」
「オオ! イマアガ……ア、オオッ!?」
バルトの叫び声に応えかけたゴケンの声が途中で途切れ、何か驚いたものに変わる。五人が見下ろす中、穴の奥からドスン、ゴロンと音がしたかと思うと、ほんの数瞬だけ赤い光が煌いた。カメラのフラッシュを焚いた時のように、その短い間だけ穴の底が照らし出される。見える範囲が狭いのでゴケン自体の姿は見えなかったが、つるりとした床やそこに落ちたのだろう砕けた岩の小山が見えた。
「え、今の……」
「ゴケンさんのブレスだよね!?」
見覚えのある光の色にミカエラとサンドラが声を上げる。しかし、誰かがそれに答える間も無く、穴の奥から「ガアアッ」というゴケンの声とまた岩の転がる音、次いで翼を羽ばたかせる音が聞こえた。程無く穴の下に赤い鱗に覆われた龍の姿のゴケンが見え始める。地上からの光が届く位置まで上がって来られたのだろう。ゴケンはそのまま真っ直ぐ、穴に向かって上昇してきた。
「わあ!」
「きゃっ!」
「グッ、セマ!」
驚いて転がるように穴の縁から下がったミカエラたちをよそに、ゴケンの突入は穴に首を突っ込んだところで止まった。バルトたちには十分大きな穴だが、翼を広げた龍が飛び抜けるには小さ過ぎたらしい。ホバリングしたまま、ゴケンは両手の鍵爪を縦穴の岩肌に掛けた。翼を畳んでよじ登るつもりのようだ。
「オオ!? イテ、イテ!」
しかし、脆くなっているのか、岩肌はゴケンが爪を立てるとボロボロと崩れて落ちた。その先には当然ゴケンの身体が浮いており、砕けた石はそこにガンガン当たっては弾かれて穴の底へと落ちていく。これではよじ登るのは難しそうだ。
あの巨体相手ではロープを掛けて引き上げるのも無理だろう。上から覗き込んでいたバルトたちは顔を見合わせた。だが、何か思い付いたらしサンドラが穴の縁に駆け寄ってくる。
「ゴケンさん、変身! じゃなかった。ええと、形態変更! 形態変更は!?」
「ソレダ!」
下から見上げる赤龍の口角が威嚇するように上がる――どうも笑ったらしい――と、その顔がひゅんと奥に引っ込んでいく。
「あっ! 落ちた!?」
ゴケンの姿が再び闇に呑まれた次の瞬間、虹色の光が渦巻くのが見えた。光はすぐに消え去り、同時に先ほどより小さな羽ばたきが聞こえ始める。程無く中間形態となったゴケンが穴の上へと戻って来た。衣服を着けず、顔以外が全て鱗に覆われている。ゴケンは穴の中を気にしながら、バルトたちの傍に降り立った。
「何があったんですか!?」
「ああ、ここの地面が脆くなってて、岩を叩き付けた衝撃で穴が開いて落ちた。まあ、それはこの穴を見れば分かるだろうが、問題はこの中だ」
「洞窟だったんですね?」
「ん? ああ、洞窟だ。だが、ただの穴じゃなくて、何か居る」
「何か?」
「私に向かって何者かが石を、いや人で言えば岩か。岩を投げてきた。こんなやつをだぞ。足元まで転がってきたんだ」
そう言ってゴケンは両腕で直径一メートル少々の丸を作ってみせる。
「そんな物を投げられるんだ、龍の姿の時の私位はある奴だろう。だが、真っ暗ではまともに見えん。それで、明かり代わりにちょっとだけブレスを吐いてみたんだが、それらしい相手は見当たらなかったんだ。どこかに隠れたのかも知れん。で、私はそいつが居そうな方へ一声吼えて、足元にあった岩を蹴り込み……」
「ち、ちょっと待った、ゴケンさん」
そこまで聞いて、バルトは急いでゴケンを止めた。
「何だね?」
「先に聞きたいんですが、下は広かったですか?」
「ああ。どこまで繋がってるのかはよく分からんが、この下は結構広かった。高さも私が頭をぶつけない位あるところがほとんどだったな」
「そこには、蹴った位の岩は多かったですか?」
「ん? 岩? そうだな。私と一緒に落ちたのはほとんど砕けていたが、辺りにはそんな岩がゴロゴロしていたな」
バルトの問いに、思い出すように首を捻ってゴケンは答える。
「なるほど。で、そこでどこかから岩が飛んできて、投げた相手は居なくて、そっちに向かって岩を蹴り返したんですね?」
「ああ、そうだ」
ゴケンが頷くのを見たバルトは、仲間たちの顔をぐるりと見回した。四人が無言で頷き返すのを認めて、ゴケンが開けた穴を振り返る。
「トルは穴を塞ぐ準備! なるべく奥まで、丈夫にだ! ミカエラは俺と縁で警戒! 飛ばして来る可能性があるから気を付けろ! 数も分からん。もし登って来るようなら落とすぞ! カーさんとサンドラは俺たちの後ろへ!」
「「「「おう!」」」」
「な、何事だ!?」
バルトの号令で一斉に動き出した五人に、ゴケンだけがその場でキョロキョロするのだった。
◇
「岩の魔物の上に落っこちたってのかい。よくまあ、無事だったもんだよ」
「これはまあ、落ちたのがゴケンさんだったからこそ、というところですか」
話を聞いて嘆息するタリアにバルトが応じ、「知らなかったんだから仕方ないじゃないか」と、ゴケンが微妙に小さくなる。龍の国では見た事が無かったそうだ。
岩の魔物は少し前に西二号洞窟で見つかり、バルト組アドレー組と共にマリコとミランダも戦った事のある魔物である。一見バラバラの岩のようだが、それらが合体して巨大なヒトデのような姿になるのだ。身体が岩でできているせいで普通の動物相手の戦い方ができない、少々厄介な相手である。
また、その後のアドレーたちの観察により、身体の一部である岩を飛ばすのが目撃されていた。詳しい事がよく分かっておらず、現状では放置推奨とされている。その上に知らずに落ちて無傷だったのは、正に丈夫な龍であったからなのだ。
ゴケンが落ちた穴を厳重に塞いだバルトたちは、それから岩山の周囲を探って回り、洞窟の入口らしき穴も発見して、これも一応塞いできたのだという。洞窟で発生する魔物は基本的にそこから出て来ないと知られているが、戦っている相手を追っている場合などはその限りではない。だからこそバルトは急いだのである。
「それで、後はどうする予定なんだい?」
タリアの問いに、バルトは腰を動かして背筋を伸ばした。
「道の方は、迂回する方向で考えています。どうもあの岩山は全体的に脆くなっているようなので。洞窟の調査次第な部分もありますが、陥没するかも知れないところにわざわざ道を作らない方がいいでしょう」
「そうだねえ」
元々龍の国への最短コースである必要も無く、そのルート上に転移門があるとも限らない。今のところは「大体」で十分なのだ。
「で、洞窟の方なんですが、少なくとも調査は必要だと思います。今回中をかき回してしまいましたし、この先、別のどこかが崩れないとも限りません。万一出てきた時のために、何が居るのかは知っておいた方がいいかと」
「それには賛成だね。それで調査の規模は?」
「ゴケンさんが見た通り、最低でも岩の魔物が複数居る大部屋があるんです。洞窟の規模も少なくとも西二号以上でしょう。ですから、こちらもできる限りの事をと」
そう言って、バルトは真っ直ぐにマリコを見る。そこでマリコは自分たちが呼び戻された理由にようやく気が付くのだった。
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