049 猫耳メイドさんと 4
前回飛ばした分というわけでもありませんが、いつもより若干長めです。
構えるミランダを横目に、マリコは切っ先を下げたまま木刀を握った。昔、体育の授業で習った――もちろん、その時は木刀などではなく竹刀だったが――とおりに、柄の先を左手で小指から順に握りしめ、右手を鍔元に添える。途端、マリコの脳裏に知識が流れ込んできた。否、思い出したと言った方が正しいだろう。手にした得物の使い方をマリコはきちんと知っている。包丁を握った時と同じだった。
(やっぱり調理と一緒で、この身体は戦闘系のスキルも持っているし使えるってことなんだろうな。問題は、実際に自分の身体を使って戦ったことなんかないってことか。武道の経験だって、それこそ授業でやった剣道と漫画につられてこっそり練習した拳法もどきくらいだ。そんなのが戦って大丈夫なのか?)
マリコは確かに、ゲーム上では少なくない戦闘を経験している。ただしそれは、モニターに表示される俯瞰映像の中の「マリコ」を操作していたに過ぎない。実際にモンスターと殴り合ったわけではないし、「マリコ」が攻撃を喰らったからといって痛みを感じたわけでもない。
(ミランダさんの言うとおりなら、狩りに行かないわけにはいかないだろう。ここがどういうところかはまだよく分からないけど、ゲームの世界と似ている部分がいろいろあることは確かだ。フィールド上でいきなり目の前にモンスターがポップすることだって、ないとは言い切れない。自分から挑むかどうかはともかく、モンスターとの戦闘はいずれあるものと考えておくべきなのか。ならむしろ慣れておくという意味では、稽古をつけてもらうつもりでミランダさんとの勝負を受けた方がいいのかもしれない)
マリコは改めて手の中の木刀を見た。硬い木材でできたそれは、刃こそ付いていないものの、鈍器としての役目は十分に果たせそうに見える。
(これで殴られたら痛そうだな。というか当たり所が悪かったら痛いじゃ済まないよな)
「試合で木刀ではさすがに危なくないですか?」
「なに、今は殺し合いをしようという訳でもなし、治療用のポーションもある。真剣で行うよりはずっと安全だと思うぞ、マリコ殿」
「殺し合い……」
試しに聞いたマリコに、ミランダは事も無げに答えた。食べるために殺す。狩りをするというのはそういうことであり、鶏を絞めるのと本質的には同じことである。ただし、獲物の方も黙って殺されてはくれない。攻撃力を持っているなら、逃げるためあるいはこちらを倒すためにその力を使うだろう。相手が肉食獣ならこちらを獲物と見ている場合もあるのだ。正に殺し合いである。
(真剣で殺しあうのが狩り、というか戦闘ということか。こちらを殺せる攻撃なら木刀どころじゃないだろう。一発ももらわずに倒せるとは限らないんだから、これは痛いのもある程度経験しておかないとまずいことになりそうだ)
戦闘中に痛みで動けなくなったら、次に訪れるのは死である。マリコはまた少し考えて、腹をくくることにした。
(とりあえず、戦う事に慣れる。大怪我にならない程度に痛いのを経験する。今、現にここにいる以上、「マリコ」の能力をちゃんと使えるようにしておくべきだろうな。マリコを死なせるわけにはいかない)
「ではミランダさん、私こういうことは初……いえ久しぶりですので、始めは軽めに打ち込んでいただいてもいいですか? もちろん、当てに来ていただいて構いませんから」
マリコは木刀を左手に持ち替えるとミランダに向き直って言った。
「おお、そういうことなら承知した」
「それでは、よろしくお願いします」
「おっ、こちらこそ気が急いてしまった。改めて、よろしくお願いいたす」
左手に木刀を下げたまま一礼したマリコに、ミランダも慌てて木刀を下ろして礼を返した。
「では」
「いざ」
改めて二人が構える。共に中段。三メートルほどの間を置いて、黒のメイドさんと深緑のメイドさんが相対する。
「参る!」
ミランダが真正面から真っ直ぐに飛び込んでくる。狙いは面。
カッ
マリコは右前に一歩踏み出しながら、ミランダの木刀を左に弾いてかわした。ミランダが加減していることもあり、マリコは余裕を持って動きを追うことができた。
(さすがに、いきなり面を喰らってみるのは怖すぎる)
立ち位置が入れ替わった二人が振り返る。ミランダは即座に踏み出して次の一撃を繰り出した。小手を狙って振り下ろされるその一撃を眼に捉えながらも、マリコは動かなかった。
ビシッ
「痛っ、……?」
(あれ?)
手加減されているとはいえ、それなりの勢いを持った木刀の一撃である。にも関わらず、マリコはほとんど痛みを感じなかった。もちろん、打たれた手がしびれることもない。
(どうしてだ? 昔喰らった剣道部員の小手は、竹刀でも一発で手がしびれたのに)
「今のはわざと受けたように見えたがどうなされた、手は大事ないか」
ミランダが手を止めて心配そうに聞いてくる。
「大丈夫です。ちょっと痛みに慣れ……いや、打たれる感覚も一緒に思い出そうと思いまして。ミランダさん、多少当たっても気にしなくていいですから、もう少し強めにお願いできますか」
「打たれる感覚……。いや、マリコ殿がそれでよいならそうさせてもらうが……」
「手数や速度も上げてもらって構いませんから、お願いします」
「……承知した。では」
◇
カカカッ、カカッ、ビッ、カカカッ、ガッ
木刀同士のぶつかる音が響く。ミランダの打ち込みをマリコが次々と捌いていった。純粋な剣道ではないので、ミランダの攻撃は面胴小手に限らず下半身も含めた全身に及ぶ。そのほとんどを、払い、かわし、受け流しながら、マリコは時折わざと身体で受けた。
ガッ
「くっ」
(やっぱり当たってもあまり痛くない。せいぜい手で叩かれたくらいの痛さだ。それにまともに木刀が当たってるのに大怪我にもなっていない。これは多分、スキルが効いてるんだろうな)
戦闘系のスキルには防御力を上げる効果があるものがいくつか存在した。代表的なものが防御で、このスキルを使用すると、攻撃ができない代わりに防御力が上がり、次に受ける近接ダメージを大幅に軽減する。要するに、構えておくことで次の一撃に耐えるスキルである。このスキルのレベルを上げると、付帯効果で通常時の防御力も上がる。つまり、ダメージが通りにくくなるのである。
(これ、痛みに慣れようと思ったら、大怪我するくらいのダメージを受けなくちゃいけないってことか。どうしよう)
「マリコ殿」
「はい?」
ミランダの打ち込みを受けながらマリコが考え込んでいると、ミランダから声が掛かった。
「大分勘も取り戻せたのではないか?私も体は十分温まったし、マリコ殿が相当強いということも分かった。そろそろ五分の勝負を所望する」
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