483 道の向かう先 6
「ふむ、それではこれで、神話に追記がなされることになるのか……」
ガックリしているブランディーヌからエイブラムに視線を移したミランダが、半ば独り言のようにつぶやいた。ミランダ自身にはそちら方面の趣味は無いので、ブランディーヌには申し訳ないが、神話への影響の方が気になっている。
「いえ、そこまで単純には行かないのですよ」
それに応じたエイブラムの声に、現れた女神の中身について考え込んでいたマリコもおやと顔を上げた。それを見て頷いたエイブラムは続ける。
「今回の事ですが、こちらの里で起きた件も今私が話した件も、目撃情報の一つとしては重要なものです。ですが、ただちに確定情報として扱うには精度が足りていません」
ナザールの里の方は遠目に見ただけの上、髪の色も不確実で「命と太陽の女神様ではないか」というレベル。遠い西の街の方はもう少しマシで「水の女神様に違いない」とは思われるが、それでも即座に神話の記録に反映とはならないとエイブラムは言う。
「どちらも、初めて判明した事柄が含まれますからね。後から『間違いでした』となるのも困りますし、安易に飛びつく訳にはいかないのです」
「なら、今後別の報告が積み上がるのを待つんですか?」
マリコは聞いた。確かに一つの情報だけで決めて掛かるのは危険だろう。
「原則的にはそうです。風と月の女神様のように現れてくださる回数が多ければ理想的です。ただ、他の神々は今のところそこまで現れておられませんので……」
「ので?」
「そうした場合、最終的には『神々の判定』に頼らせていただく事になるでしょう」
「神々の判定!?」
神々の目撃情報とは関係なさそうな言葉が飛び出して、マリコは目を瞬かせた。同じ様に感じたのだろう、周囲に居る人たちもかなりの数が同じ様な表情を浮かべている。エイブラムは彼らの顔をぐるりと見渡した後、ブランディーヌに一度目を向け、崩れ落ちたままなのを認めて一つ頷いた。
「本来なら彼女の方が専門なのですが、まあいいでしょう。神々の判定とは神々に関する、あるいは登場する書物について、お認めいただく神事です。これはよろしいですね?」
一度言葉を止めたエイブラムに、マリコを含めて大半の者が頷いた。マリコはその判定の現場さえ見た事があるのだ。ただ、楽しそうにしっぽを揺らして本を読む猫耳女神の姿に、神事というほどの荘厳さは無かったような気がする。
「今でこそ、神々が登場する『お話』、つまり完全な作り話が増えていますが、これは本来、間違った神話が流布しないためにこそあるのです」
神々が実在する世界で神話に間違いがあるのでは困る。そのために、人々に発表する前に神々にお伺いを立てる。それが本来の神々の判定であるとエイブラムは言う。そう言われれば神事だというのも頷けるとマリコは思った。
初めは、各地に伝わる神話をまとめてその真偽を諮ったそうだ。抜けのある部分については、いずれ明らかになるだろうとそのままにされた。当てずっぽうを書いて真偽を諮り続ければすぐに埋められるのではないかという意見は、不遜に過ぎると却下されたそうだ。
翻って、現状はどうか。今回起こったのは、神々の出現とそれによる救済――というか救助――である。本が書かれるとすれば「実話」ということになる。元になる事件があるのだから当てずっぽうということにはならず、当然神々の判定の対象となる。
「もちろん、次の目撃情報も待ちます。ですがそれとは別に、今回の事で出版部が『水の女神様の活躍』のような本を出そうとするなら、神々の判定に通った段階で『水の女神様で間違いでない』と確定するのです」
「水の女神様」であることが確認できれば、次は神話の書き足しをする事が可能になる。それが「頼らせていただく」ということですと、エイブラムは締め括った。神格研究会の面々は、長い間こうして個々の小さな事実を拾っては積み上げてきたのだろう。裏側ばかり見ることになっているマリコは、思わず頭が下がる思いだった。
「それじゃあ……」
その時、ずっと潰れたままだったブランディーヌが幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。
「エイブラムさんは、私に『水の女神様の話』を書けと!? 多くの同朋にトドメを刺せと!?」
血の涙を流しそうな雰囲気で、机をぺしんと叩く。バシンにならないところがらしいところである。
「誰も君自身に書けとは言っていませんよ……」
出版部が全員腐っている訳ではないでしょう、とエイブラムはため息を吐いた。
神々の判定については、「217 新たな日常 16」(猫耳女神のジャッジ)、「225 来たるべき者 8」(ブランデイーヌの解説)辺りに出てきた話です。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。