480 道の向かう先 3
集まった面々は互いに顔を見合わせる。アリアの話にそれぞれ思うところはあるだろうが、マリコには非常に心当たりのある話だった。
(多分これ、女神様のクエストですよね)
マリコにも時々降ってくるやつである。猫耳女神の姿に変神して、危機に陥りそうな子供を助けるのがよくあるパターンだ。今回のこれも、アリアが助けられたのだろうとマリコには思えた。
(でもこれ、私じゃないし、ミランダさんでもない)
ミランダはさっき洗濯場で作業中なのを見掛けたばかりである。エリーたちも一緒に居たので、いくらなんでも抜け出すのは無理だろう。そうなるとマリコの知る限り、残る候補者は猫耳女神だけである。だが、アリアの見た誰かの行動がどうにも女神っぽくない気がするのが引っ掛かる。
その時、はあはあと息を整えていたアリアが少し咳き込んだ。走って戻ってすぐにあれだけ話をすれば無理もないだろう。そこへ横から水の入ったカップが差し出された。持って来たのはミランダである。アリアはそれを受け取ると一気に飲み干し、はあと安堵の息を吐いて再び顔を上げた。まだ話に続きがあるらしい。
「ええと、それでお父さんが、やっつけられた灰色オオカミを始末してしまっていいか、聞いてこいって」
普通の狩りや襲ってきた動物の討伐であれば、狩った獲物は早々に処理される。放っておくと衛生的にも良くないし、臭いが他の肉食動物を呼び寄せる可能性もあるからだ。今回は里のすぐ傍なのでなおさらだ。
しかし、このところ、ミランダに似た女神――本人なのだが――が目撃されるなど、神様関係の噂話は増えている。もちろん、真偽は入り混じっているだろうが、その辺りも含めて神格研究会の面々が話を集めており、カミルもその事は知っていた。だからこそ証拠物件である灰色オオカミを処分していいかどうかを計ってきたのだろう。
聞けば、カミル自身は今も柵の内側から見張っているのだそうだ。アリアは家畜舎に居るカミルの仲間たちにそれを伝えて、そのままこっちに来たのだという。どういう対処になるにせよ、誰かしら現場まで行かねばならないだろう。
「もちろん! んぐんぐ、処分されては困ります! はふはふ、見に行きますとも! ええもちろん!」
案の定、最初に声を上げたのはブランディーヌだった。これまで話が流れてくるだけだったことが身近に起こったらしいのだから当然である。早く出掛けたいのだろう、急いで定食を押し込んでいる。
「ええと、私は行くのは遠慮しておくわね」
カウンターから出てきてアリアを抱きながらサニアが言う。もうかなりお腹が目立ってきているので、さすがに誰も行けとは言わないだろう。そのサニアが「どうする?」と振り返った先には、いつの間にか見に来ていたらしいタリアの姿があった。
「ふん。まあブランディーヌが行くんなら任せるさね。神様云々はそっちが専門だからね。ただ……」
言葉を切ったタリアは辺りをぐるりと見回した。一瞬マリコの目が合った後、ミランダに目を向ける。
「マリコにミランダ。抜けても大丈夫かい?」
「はい」
「無論」
「なら、ブランディーヌについてってやっとくれ。ついでに近くに他の危なそうなのが居ないか見てきておくれでないかい? なんならオオカミはそのまま持って帰ってくればいいさね」
返事をした二人に、タリアはさっさと役割を言い渡した。里の外に出るのなら、今食堂に居る中ではこの二人が一番危なげが無い。龍という別格も居るが、こちらは何か判断するのに人里での経験が足りていないだろう。ブランディーヌが食べ終わるのを待って、三人は食堂を後にした。
◇
「身長は? 服装は? 髪の長さと色は?」
「ちょ。まっ!? ぐえっ」
「首筋を一太刀、ですか」
「結構な手練だな」
ブランディーヌに詰め寄られるカミルをよそに。マリコとミランダは血だまりに倒れた灰色オオカミを検分して頷き合った。オオカミの首は半分以上を切り裂かれ、ほとんど切断されていると言っていい状態である。むしろ、切り離さなかったことで辺りに血が撒き散らされるのを防いだようにも見える。得物はカミルが見た通り、剣の類で間違いなさそうだ。ただ、だからこそマリコには、女神が直接やった様には見えなかった。
(もうちょっとスマートにやりそうなんですよね、女神様なら)
オオカミをアイテムボックスに仕舞って血だまりを洗い流し、さらに辺りを探っていく。オオカミや現れた誰かが出てきたという薮の少し奥側には拓けた場所があったが、そこから先には足跡がオオカミの分しか見つからない。
「いきなりここに?」
「そうみたいですね」
ブランディーヌに聞こえないよう、二人はひそひそと言葉を交わす。クエストを受けた誰かは、現れるとほぼ同時にオオカミを追ったようだ。ますます女神らしくないような印象をマリコは受けた。
その後、もう少し周囲を探ったが、他の灰色オオカミなどは見当たらず、四人は宿へと戻ることになった。ブランディーヌがカミルを問い詰めて得た情報から、現れたのは未確定な黒っぽい髪以外はマリコにかなり似た人物であるらしい。
「私自身が一緒に居たんですから、マリコさんが女神の化身としてこっそり出掛けてたとかは有り得ない。じゃあ、あれは誰?」
帰り道、ブランディーヌは密かに思いを巡らせた。
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