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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第七章 メイド(仮)さんと女神様
484/502

478 道の向かう先 1

 無人だったはずの部屋に、音も無く人影が現れた。バフスリーブの黒いワンピースに白いエプロン。頭に乗ったホワイトブリムを外し、頭を一振りしてふうと息を吐いたのは言わずと知れたマリコである。清めの儀(おそうじ)を終えて、女神の部屋から戻ったところだ。


 編み上げブーツも脱いでサンダルに履き替え、ベッドに腰を下ろした。足を組んで膝の上に肘を立て、軽く握った拳にあごを乗せる。むうと唸って爪先を動かすと、サンダルがかかとに当たってぺちぺちと音を立てた。


 先日来、マリコは猫耳女神と全く話ができていない。一昨日の女神の部屋はもぬけの空だったし、昨日今日の女神はひたすら眠り続けていた。力の温存のために寝ている事を知ってしまった以上、無理に起こすのもためらわれる。仕方なく、掃除洗濯だけして戻って来ているのである。


「避けられていますね、これは」


 メッセージを送ってみても返事が無いのはそういう事なのだろう。今回は女神もネタばらしをするつもりは無いようだ。幸い、と言っていいのかどうか分からないが、今のところ、マリコのような姿の女神が目撃されたという話は聞こえてこない。じわじわと経験値が増えているだけだ。


「話す気になるまで待つしかありませんか」


 もう一度息を吐いたマリコはふんと勢いをつけて立ち上がり、手早く寝巻きに着替えると自分もベッドに潜り込んだ。


 ◇


 東に向かって道を伸ばしているバルトの(パーティー)が、ゴケンたち(ドラゴン)の支援によってペースを上げている。


 その日の昼過ぎ、龍の国から戻ったマリコは厨房でそんな話を耳にした。持ち切れなくなった獲物を引き取りにシウンが出掛け、ついでに道を切り開く手伝いをしたというのは聞いていたが、それが毎日続いているとまでは知らなかったのである。


「元々の見込みより大分奥まで行ってるらしいわよ」


 サニアが小銭の仕分けをしながら言う。混みあう昼食時を過ぎて、食堂は一段落付いたところだ。尤も、ここで一旦閉店して夕方に再開などという光景も、見られなくなって久しい。


 とにかく、ナザールの里には人が増えた。仕事の都合で食事の時間帯がずれる者も居るし、新名物目当てに観光客もやってくる。そこへ今回の(ドラゴン)騒ぎで拍車が掛かった。全員が一斉に来ると席が全く足りないという現実に対して、営業時間を延ばすのが最も合理的な対策だったのである。


「まあ、叔父御殿は道がどうこうより、自由に空を駆けて暴れるのが楽しいらしいがな」


 空のトレイを抱いてカウンターの前に戻って来たシウンがサニアの話を補足した。炎のブレスでは火事になってしまうので、二度目からは(ドラゴン)の巨体を生かして進路上の木を折ったり抜いたりしているらしい。ゴケンたちの息抜きが主になってしまっているが、どうせならと予定の一週間を若干過ぎた今も前進を続けているそうだ。


「一体、どこまで行くつもりなんでしょう?」


「そりゃあ、行けるところまでですね!」


 何気なく口にしたマリコの疑問に、食堂側から返答があった。ブランディーヌである。この里に常駐している神格研究会のメンバーではナンバーツーに当たる人物であり、何か起こる度に仕事も順調に増えていた。現在、里中で最も忙しい者の一人なのは間違いない。先ほどようやく食堂に姿を見せ、シウンから定食セットを受け取ったところである。


「次の転移門発見は当面無理でしょうけど、先に進まないことにはどうにもなりませんから」


 箸でしょうが焼きを一切れ摘み上げながら、ブランディーヌは続けた。今回のバルトたちの道作りは普通ではないのだと。


 最前線(フロンティア)と呼ばれる、新たに発見された転移門を擁する里から道を伸ばす場合、一般的にはその手前の街が目標となる。ナザールの里で言えば、西にある隣街がこれに当たり、実際そちらに向けての道もゆっくりではあるが伸ばされていた。これはそちら側にしか人が住んでいなかったためであり、急いでいないのは転移門が存在するからである。


 新たな転移門を発見するのは基本的に探検者(エクスプローラー)であり、門の発見を目的とする者たちは特に門の探検者(ゲートファインダー)と呼ばれる。ナザールの門は三十年前、門の探検者(ゲートファインダー)であったナザールとその妻タリアによって発見された。新たな門の初めての使用者として、ナザールの名は門の名前として残っている。


 さて、この門の探検者(ゲートファインダー)が新たな門を探す際の事だが、当然ながら道を作りながら進んだりはしない。もちろん、目印を付けたり下草を払ったりはする。だがそもそも、転移門がどこにあるかなど誰にも分からないのだ。彼らは未開の地を手探りで進み、大抵は門など発見できずに出発した街へと引き返すことになる。進んだルートの記録は意味があるが、その時点で恒久的な道を付けても――門の探検者(ゲートファインダー)としては――無駄になる可能性が非常に高いのだ。


 仮に運良く転移門を発見できた場合でも、それ以降の移動は門を使えば済むようになるのだ。やはり急いで道を付ける必要は無い。新たな門に作られる里がそこそこ大きくなってからで十分なのである。里が都市レベルに育って門の周囲が手狭になり、衛星都市的な人里が必要になってきた時に本腰を入れるのが一般的だった。


「ただ今回は、ドラゴンの門が遠すぎるんですよ」


 もぐもぐとしょうが焼き定食を頬張りながら話したブランディーヌは、お茶を啜って息を吐いた。魔力量の問題から、多くの者はナザールの門とドラゴンの門の間を一日で往復できない。この事と(ドラゴン)たちの話を勘案して、二つの門は恐らく千キロ以上離れていると推測された。


 一方、他の場所での隣の転移門までの距離は、基本的には百キロから数百キロであることが多いのだ。例外は島しょ部や海をまたいでいる場合で、そういった場所では間隔が百キロ未満の門も見つかっているそうだ。


 ここまで聞いて、ようやくマリコにも話が見えてきた。


「ああ、ここからドラゴンの門までの間に、別の門があるだろうっていう話ですか」


「そういう事です。それが近い将来に見つかれば、というところですけど」


 バルトたちが見つけられればというより、今後東に向かうであろう門の探検者(ゲートファインダー)の支援策のようである。聞けば、今できている道はまだ十数キロだそうで、これも日数を考えれば破格のスピードだが、次の門に届くには足りていないだろう。


(そう言えば、もしバルトさんたちが門を見つけたら、どうするんでしょう?)


 その場合、ナザールやタリアのように門の番人(ゲートキーパー)として宿を建て、里長となるのが普通である。そういう話を聞いた事があっただろうかとマリコが考えた時、バタバタと足音を立てて宿に駆け込んで来た者がいる。


「お母さん! おねえちゃん……、マリコさんは居る!?」


 それだけ言うと、戸口にもたれかかってはあはあと荒い息を吐く。それはサニアの娘にしてタリアの孫娘、アリアだった。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンの力があれば未開拓の場所もグングン開拓できそうでいいですね〜
[一言] マリコさんを呼ぶとなると何か緊急事態かな?
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