473 異変 15
その夜、風と月の女神がナザールの宿屋にあるマリコの部屋に現れた。銀の髪に金の瞳。猫の耳としっぽを持ち、白い衣を身にまとった美少女。もちろん女神本人が降臨した訳ではなく、今夜二回目となった女神のクエストを終えたマリコが戻って来たのである。
「ふう、慣れては来ましたけど、続け様だとやっぱり少し疲れますね。……よっと、解除っと」
変神が解かれ、いつものメイド服姿のマリコが現れる。猫耳女神との身長差のせいで視線の高さが変わって一瞬違和感を覚えるが、これにも大分慣れた。メニューを開いたままベッドに腰を下ろし、両隣の部屋の気配を窺う。
シウンは眠っているようで、壁のすぐ向こうに横たわっているが、ミランダの部屋には人の気配が無かった。あちらもクエストに呼ばれているのか、あるいは女神の間に鍛錬に行っているのかも知れない。近頃のミランダの熱の入れ様を考えると、後者の可能性が高そうだ。
「実際『楽しい頃』でもあるんでしょうけど……」
ゲームを遊んでいた時の事を思い出して、マリコはつぶやいた。キャラクターを作ったばかりの頃は、プレイヤー自身もシステムにも慣れておらず、キャラの方も当然まだ弱くできる事も少ない。それにストレスを感じて早々にやめてしまうプレイヤーもそれなりに居たはずだった。キャラ育成型のRPGではよくある話である。
その期間をやり過ごせれば、ゲームは楽しくなってくる。苦戦していた敵に楽々勝てるようになり、使えるスキルも増えてくると、「育っている」という実感が湧く。低レベル帯のうちはレベルアップも早いのでスキルポイントも貯め易い。次はどうしようかと考え、すぐに反映できるようになるのだ。楽しくないはずがない。
この後、レベルやスキルレベルが上がりにくくなってくると今度は閉塞感に捕らわれることになるのだが、現実のミランダはこのもう一つ先の段階に居るのだとマリコには思えた。ある程度レベルが上がって成長速度が落ちてきたところでマリコと出会い、さらに手にしたメニューシステムと女神の間という修練場。
また、ほぼ同時に始まった女神のクエストの存在も大きい。これで得られる経験値は、現在ナザール周辺で得られるものと比べると格段に多いのだ。結果、ミランダは早々にレベル百に到達してレベルリセットを行うことになった。これがさらに彼女の成長を助長する。それまで仕組みを知らなかった分、今のミランダはゲームプレイヤー以上に驚き、楽しんでいるだろうとマリコには思えた。
「ええと、今はミランダさんじゃなくて、自分の事でした」
マリコは頭を切り替えてメニュー表示に向き直る。自分も先日レベル九十九になっており、その後もいろいろと経験値を得てきたはずなのだ。もっとも、料理や野豚との戦闘だけなら、まだレベル百になる心配をする必要など無かった。高レベル帯で一レベルアップするには大量の経験値を要するからだ。
しかし、女神から送られてくるクエストで得られる経験値は、マリコの見込み以上に多かった。この数日の間にこなした分で、最後の一レベル分の八割方が埋まってしまったのである。今となっては、女神が意図してそうしているのだとマリコには思えた。
この多分にボーナス的な措置は、恐らくミランダの成長促進策の一つなのだろう。なにせ神様にするつもりなのだ。人並みの能力では足りるはずもない。神の力を直接譲渡できれば早いのだろうが、力が残り少ないと言っていた今の女神には難しいのだと思われた。クエストをクリアして経験値を得る、という既存のシステムをいじる分には、あまり力を必要としないのだろう。
自分の方はついでと言うか、同じシステムに乗っかった者の役得のようなものだろうとマリコは考えていた。もっとも、マリコ自身にもまだ成長の余地はあるし、魔力量が増えるだけでもできる事は増えていくのだ。折角の相乗り、無駄にしたくはなかった。最後のレベルアップが済み次第、女神にリセットを頼まねばならない。
マリコはメニューを操作して、基本情報のタブを表示させた。案の定、現在の九十九レベルを示す棒グラフのようなゲージは、既に満タンのように見える。残りはほとんど見えない位だが、これは一レベル分の経験値が大きいせいだ。女神のクエストが来なければ明日までくらいは持つだろうかと、マリコはゲージの横に並んだ数値に目を向けた。
(残りは宿の料理だけだと二日分位でしょうか)
これまでの経験と照らして予測を立てるマリコの目の前で、その一の位の数値が一つ増えた。
「えっ!?」
何もしていない状態なら動かないはずの数値が動いた。見間違いかと一度目を擦ってもう一度そこを見つめる。すると、また一つ数が増えた。それは、少し前からミランダに起きているのと同じ現象だった。そのまま見守っていると、やはりゆっくりではあるものの、一定周期で増えて行く。
「……私も神様にするつもりなんですね、女神様」
数字に目を向けたまま、マリコの口からポロリと言葉が零れた。そこには驚きとも納得とも取れる、不思議な感情が込められていた。
何でそんな事に思い至ったかは次回に。
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