470 異変 12
2020/10/19に前話「469 異変 11」を大幅に改稿しております。それ以前にお読みの方は、申し訳ありませんが前話をお読み直しくださいますようお願いいたします。
「例の神話にあるように、この世界の神々は人が生まれ出そうな道筋を作ったのであって、かくあれかしと人を創った訳ではない、というのでよいのじゃ。人の有りようが面白そうじゃと思っておるから、神々は時に肩入れしたり何かをくれたりする。祈るのは勝手じゃろうが、神々がそれに応えてくれるとは限らぬ。神と人とは、その位の距離感でいいと思うのじゃ」
女神はそう続けた。慈悲深いが故に、女神は自分の存在を隠そうとしている。マリコにもその心情は理解できるし、理屈としても分からないではない。だが、理解できることと、それを納得できるかどうかということはまた別の問題である。単に隠れるだけならまだしも、身体を維持できなくなって最終的には概念としての存在になる、というところが引っ掛かる。
「わしには『全知』があるからの。わし自身がどうなろうとも、皆が何を成し、どこに向かうのかは見続けることができるじゃろう」
「力が無くなっても使えるんですか、全知」
「あれは能力と言うより、わしの属性の一つじゃからの。コストの要らぬパッシブスキルみたいなものじゃ」
「パッシブスキル……。でも、見ているだけなんて」
供え物やマリコの持ってきた物を美味そうに飲み食いする女神。片付けを面倒がる女神。神々の判定のために送られてきた本の草案を楽しそうに読む女神。片付けができていなかった事については、本当に力の節約のためだったと今なら分かるが、マリコの見てきた女神は非常に人間臭い。時折見せる能力を除いて、表面的に見るなら人そのものと言っていいように思える。
身体が無くなるということは、それら全てを失うことでもある。しかし、女神はそれでも構わないと考えているようだ。
(いくら慈悲深いといっても、自己犠牲が過ぎると思うんですよ)
こういうところも「設定」に由来するのだろうから、今やめろと言ったところで女神は聞かないだろう。マリコは口に出さずにそう考えた。「慈悲深い神」という設定は、実は神本人にとってはとても面倒な事なのかも知れない。
(何とかする方法……。果たしてそんなものがあるんでしょうか)
内心で唸るマリコをよそに、女神の話は続いていた。話は自身が消えてからの事に移っている。
「……後の事はまあ、七柱の神々に任せるとするかの。力は十分にあるじゃろうし」
「七柱の神々……、あっ!」
七柱の神々とは、この世界に流布している神話に登場する、風と月、火、水、木、金、命と太陽の七柱のことである。これまでの女神の話からすると、女神によって創られた神たちということになるだろう。元の世界の七曜とまる被りなのだが、この世界自体が元の世界を参照元としている以上、当然と言えば当然であろう。
それはともかく、マリコはこの七柱に会った事が無い。風と月の女神にだけは会っていると思っていたのだが、猫耳女神は女神ハーウェイが姿を変えただけであり、本当の風と月の女神ではない事が先ほど明らかになった。これをマリコは、本当の風と月の女神が居ないので代理を演じていたのだと理解していた。
しかし、今の女神のセリフは、存在しない者に対するものではなかったように思える。ならば、七柱の神々は既に七柱全員が居るのではないのか。他の六柱は一体どこに居るのかというのも気にはなるが、女神の口振りからすると、これまでは居なかったと思われる風と月の女神も今は居るように聞こえるのだ。
「いきなり声を上げてどうしたのじゃ?」
「いえ、その七柱の神々なんですけど、実在するんですか」
「当たり前じゃ」
「それは、風と月の女神様もですか? 今まで女神様が代理をやってたのに?」
「え? お、おう、もちろんじゃ」
微妙に視線を泳がせながら女神は答えた。その様子に、マリコの眉間にシワが寄る。
ミランダの失敗とその後の異変。存在するという風と月の女神。挙動不審な猫耳女神。これらを無関係だと考える事はマリコにもできなかった。マリコはふうと一息吐いてから口を開く。
「ところで、元々聞こうと思っていた事なんですが、女神様。ミランダさんにどんな話をしたんですか。いえ、ミランダさんは一体どうなったんですか」
「……ふむ。そう複雑な話はしておらぬ。大きく力を使った故、近いうちに休眠状態に入るじゃろうと言うたまでじゃ。『おぬしが生きている内に目覚めるかどうかは分からぬ』と伝えたら、泣かれてしもうたのじゃがな」
「当たり前ですよ!」
「何かできる事は無いのかと言うでな。わしの代わりを頑張ってくれるかと聞いたら、二つ返事で『承知いたしました』と引き受けてくれたわ」
「それって詐欺じゃないんですか……」
ミランダは今も送られてくる人助けクエストを頑張るつもりで引き受けたのだろう。だが、マリコには女神の真意が読めてしまった。どう考えても、ミランダを次の風と月の女神に据える気である。
「言っておくが、全部仕組んだ訳では無いのじゃぞ? いくつか偶然も重なって、これ以上は望めそうも無い相手が転がり込んで来たのじゃ。逃すなぞ論外じゃ」
ミランダの、風と月の女神に対する信仰心は疑いようも無いだろう。だが、自分が神様になるのだと言われたらどうだろうか。畏れ多いと、さすがに遠慮するのではないかとマリコには思われた。
「細かい事は、そのうちマリコに説明させると言うておいた。その時はよろしく頼むのじゃ!」
「何て事してくれるんですか!?」
どうやって帳尻を合わせるのかと思っていたら、まさかの丸投げである。女神の状況も何もかも一旦脇に置いて、マリコは怒鳴り返した。
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