047 猫耳メイドさんと 2
「結構広いんですねえ」
洗濯場は建物の四分の一くらいを占めているようだった。広く取られた床は土間で、奥の壁には風呂釜らしきかまどがあり、その脇には薪が積み上げられている。他には太い管が出ている井戸や広い大きな机、木でできた箱のようなものなどが並んでいる。マリコ達二人が扉をくぐって中に入ると、かまどの前にしゃがんで薪をくべていたエリーが茶色の太い一本三つ編みを揺らして振り返った。
「ん? ああ、ミランダ。どした?」
「マリコ殿の案内だ。洗濯物もあるようだぞ」
「ん。出して」
事情を聞いたエリーは、立ち上がりながらマリコに向かって手を突き出した。マリコに迫るボリュームの胸が縦に弾む。昼食時もそうだったが、エリーは無口とまでは行かないまでも、要ると思ったことしか言わない性質のようだ。
「あ、はい」
「これだけ? 他の服は?」
マリコが浴衣と兵児帯をアイテムボックスから取り出して渡すと、エリーはやや不審そうにマリコを上から下まで見回した。眼が、浴衣が出てくるなら肌着類もあるだろう、と言っている。
「あ、あとはいいんです。着替えを持ってないので、今洗濯するわけにはいかないんですよ。サニアさんは明日買いに行こうって言ってくれたんですけど」
うかつな事を言うと、洗うから今すぐ脱げとか言われそうな気がして、マリコはじりっと後退しながら答えた。
「そう、じゃあせめて浄化しておくといい。それでかなりマシになる」
「え、浄化ですか。服に?」
「そう。旅の途中とかはそれで済ませることが多い」
「ああ、そうだぞ、マリコ殿。野営の時にはとても便利だ」
エリーの話にミランダも同調する。
「汚れを落とすんですから、そういう使い方もできるんですね。確かに、洗濯できない時には便利そうですね」
「ただ、飾りが多い服や模様の多い服に使うのは難しい」
「え、どうしてですか?」
「加減をしくじると、飾りや染め模様も汚れと一緒に取れる」
「ああ、そういうことですか」
(後付け部分が不純物や汚れ扱いになることがあるってことか)
エリーは話をしながら同じ物が三つ並んだ木の箱の一つに近づくと、二分割になっている箱のフタの片方を開いて、マリコから受け取ったものを放り込んだ。木箱は高さと幅が約一メートル、奥行きが五、六十センチくらいあり、上側にボタンやメーターらしき物が並んだパネルが出ている。
「エリーさん、この箱ってもしかして……」
「ん。洗濯機。左側で洗って、右側で脱水する」
(やっぱりか! 外側が木だけど、デザインが二槽式洗濯機そのものなんだよな)
エリーの説明によると、基本的には冷蔵庫と同じ出自の品であるらしい。魔力で動くモーターが組み込まれていると言う。魔力モーターは井戸に据え付けてあるポンプにも使われており、浴槽に水を張ったり、洗濯用の水を汲み上げるのになくてはならないものになっている。
◇
マリコとミランダが洗濯物の取り込みの手伝いを申し出ると、エリーは大きな籠を出してきた。
「助かる。中庭のはさっき取り込んだから、ここの前のやつを頼む」
「了解した」
エリーの言葉にミランダが答えた。
「中庭にも物干し場があるんですか?」
中庭は宿屋のロの字型の建物の内側にあたる部分である。ここには厨房などがある、宿の奥側からしか出入りできないようになっている。どうしてわざわざそんなところに洗濯物を干すのか分からなかったので、マリコは聞いてみた。
「ある。あっちは下着専用。こっちに干すと、持っていこうとするバカが出る」
「あー」
(こっちにもそういう人はいるのか)
◇
今日は泊まっている人も少なく、洗濯物は程なく片付いた。籠を届けた後、風呂焚きをしているエリーを残し、マリコはミランダに連れられて外に出た。
「周囲の安全が確保されてそれぞれが家を構えるまでは、里の者は皆この宿で暮らしていたんだそうだ。今でも、もし不測の事態が起きれば皆ここへ逃げ込むことになっている。だから、この壁の中で大抵の事は最低限できるはずだぞ」
ミランダの話を聞きながら、マリコは宿の敷地内を歩いた。昨日見た麦畑の他にも野菜などが植わっている畑があり、放たれた鶏が地面をつついている。いくつかの納屋や倉庫、鶏小屋や家畜小屋があり、それぞれミランダが説明してくれた。
「ここの鶏は卵を取る用兼非常用だと、サニア殿が言っていたな」
「では、今日料理に使った鶏はどこかから買ったんですか?」
「ああ、多分この里の肉屋を通じて、隣の門の街から買い入れたのであろう」
「調味料がいろいろ揃っているのも、他の街へ買いに行けるからなんですね」
「それもあるし、砂糖やコショウなどは駆け出しの行商人がよく扱う物だと聞く。アイテムボックスに入るだけ入れて売りに出るんだそうだ」
「なるほど、身体一つでできる商売ということですか」
「そういうことだ」
(アイテムボックスと転移門があるから、田舎だからって何でも不足するってことにならないのか。商売の仕方もかなり違う感じだな)
一通り見て回った二人は、最後に敷地の端の何もない広場のような所にやって来た。壁の近くには、木でできた的のようなものが立っている。
「ここは剣の鍛錬をしたり、魔法の練習をするための場所だ。マリコ殿も何かする時にはここを使うのがよろしかろう」
「分かりました」
(運動場っていうことか)
「それではマリコ殿」
マリコが辺りを見回していると、ミランダから声が掛かった。
「はい?」
「一勝負願いたい」
マリコが振り返ると、いつの間に取り出したのか、ミランダの手には木刀にしか見えない物が握られていた。
「はいぃ!?」
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