462 異変 4
ブランディーヌから聞いた話をまとめると、神の化身云々は基本的に冗談の類のようだった。アニマの国にそれなりに居るらしい風と月の女神信奉者の存在が若干不安ではあるが、実際にミランダを祭り上げてどうこうしようという訳ではないらしい。
エイブラムが言ったというマリコが命と太陽の女神の化身という話も、ブランディーヌの話し振りからすると、単に言い返しただけのようである。いつぞやの聖女云々の時より随分と軽そうだ。彼ら神格研究会が本気で相手にしていないのであれば、さほど問題になりそうな話ではないのだろう。
(神格研究会の人たちって、神様関係の事についてはとにかく真面目ですからねえ)
それよりもマリコが気になったのは、親しき者登録に付随するメッセージ機能である。ブランディーヌが追跡したルートを考えてみると、今回の噂話はあちらからこちらへと各地を旅してマリコたちの下へ届いている。経路を繋ぎ合わせると地球を一周していてもおかしくないくらいの距離になりそうだ。それを一週間も掛からずにというのは、メッセージ機能あればこそであろう。
そもそも、女神が親しき者登録の力を解放したのも一週間ほど前である。多くの人はまずは一緒に暮らしている家族を登録するだろう。次が親戚や友人、仕事仲間といった「親しき者」になると思われる。
しかし、直接会わないと登録できないので、一週間やそこらではまだ登録したい人全てを登録するところまでは行っていないだろうとマリコには思えた。それにも係わらず、マリコの想像以上に早くフレンドの登録網は広がっているようだ。
(やっぱり転移門の存在が大きいんでしょうねえ)
主な移動方法が馬という、いかにも「剣と魔法の世界」らしい技術レベルの割りに、この世界の情報伝達速度は速かった。飛脚や行商人のような「転移門を使って情報や物をやりとりする商売」が存在するからだ。彼らが今回の親しき者登録に注目しない訳が無い。行く先々で登録者を作っているだろう。
加えて、日常的に転移門を使う者は中央に近付くに従って多くなる。マリコのように最前線に住んでいるとピンと来ないが、日帰りできる先が複数あるような門のある街に住む者は結構な頻度でそれをくぐる。そうした人たちは用のついでに親しき者登録をして回っていた。
マリコの考え通り、転移門があったおかげで、メッセージ機能の連絡網は相当な勢いで広がっていっている。今回の件でマリコはそれを実感したのだった。
◇
朝食の時間帯が終わると、次の仕事がマリコを待っている。このところの日常業務となっている、龍の国へ誰かを送り届ける仕事である。帰りはそれぞれが自分で転移門を操作して戻って来ることになるので、送迎ではなく送るだけのいわゆる「転移屋」だ。
もっとも、今までにマリコが送った人々は、まだ誰も戻って来ていない。昨日まででようやく中央四国や神格研究会の代表たちを送り終えたのだが、皆情報収集や打ち合わせのために向こうに残っているのである。
今日は初めて、とんぼ返りする予定の人物を送る。当面「お隣り」扱いとなる龍の国と行き来できないと困るので、ナザールの里の住人も何人か連れて行くことになっているのだ。マリコは向こうへの輸送を頼まれた荷物――ビール樽など――をアイテムボックスに仕舞って転移門へと向かった。
「おはよう、マリコさん」
「はい、おはようございます」
「毎度大変だろうけど、今日はよろしく」
転移門の前で待っていたのはカミルだった。門のすぐ向こうにある家畜舎で一仕事終えて、そのまま来たらしい。今日行くのがカミルだということは聞いていたので、マリコも驚くことはない。本来なら、里長であるタリアかその跡継ぎのサニアが一番手になるはずだったのだが、それぞれの理由で今は無理ということになったのだ。
タリアの方は単純に忙しい。元々神格研究会の支部設置でバタバタしていたところへ今回の龍騒ぎである。里自体を拡張する話まで出ているので、やることはやたらと増えていた。タリアが龍の国を訪れるのは少し先になるだろう。
サニアもタリアに準じて仕事を抱えているが、こちらは龍の国に行けないというより、転移門を使いにくい理由が別にあった。お腹の子供である。転移門の使用には、転移する距離に応じた魔力が必要となるのだが、胎児についてのそれがどうなっているのかがはっきり分かっていないのだ。
転移屋が連れて行く同行者が妊娠している場合、お腹の子供が人数にカウントされず、親と一緒に転移できる事は既に分かっている。しかし、魔力消費も無いのかどうかが分からない。
魔力を使いきると、倦怠感や目まいといった「魔力切れ」の症状が出る。これは人によって、あるいは体調によって、重い軽いの差があるのだが、お腹の中の子供にどんな症状が出るのかなど、確かめようが無いのだ。少なくとも子供に味わわせたいものではないので、大事を取って基本的に妊娠中は転移門を使わない方が良いとされていた。小さい子供に使わせないのも同じ理由である。
そんな訳で、タリア一家の中で唯一動けるのがカミルなのだった。タリアの手伝いでカミルの仕事も増えてはいるのだが、本業である畜産の方はある程度任せておける仲間がいる分マシなのである。魔力量の問題で日帰りはできないであろうカミルは、今夜龍の国に泊まって明日自力で戻って来ることになっていた。
「そういえば、向こうも大変そうなんですよねえ」
「今度は道作りだそうだ。一週間で行けるとこまで行くって言ってたな」
マリコは転移門の東に広がる放牧場のさらに奥に目を向け、カミルもそれに倣う。これも龍騒ぎの影響の一つである。里を拡張することになれば、まずは東側に広げる事になる。里の施設や住宅が今はほとんど転移門の西側にあるからだ。西にばかり広げていくと門が置き去りになってしまう。
放牧場を東に向かって広げ、今ある放牧場を西から順に住宅地や畑に転用するというのが拡張計画の基本である。その下準備として、東に向かって道を伸ばそうということになった。今は獣道よりややマシという程度の物しかないので、ある程度まともな道を付ける。それを使って人を入れ、放牧場と森を隔てている柵をもっと前に作り直すのだ。
その道作りに駆り出されているのはバルトの組だった。灰色オオカミがちょくちょく出るこちら側は元々バルトたちの担当だったし、トルステンの魔法を駆使すれば道を簡易舗装することもできる。これ以上の適役はいなかった。マリコが龍の国と往復している間に、ナザールの里にも新たな変化が起きていたのだ。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。




