459 異変 1
マリコたちが女神の部屋を訪れてから三日が過ぎた。女神はマリコの話を聞いてミランダのレベルリセットを行い、「変神し忘れ」については、何やら難しい顔をしてしばらくウィンドウを操作した後、二人にこう言ったのだ。
――しばらく様子を見ねば分からぬ。何か変わった事が起きたら知らせよ
とりあえず、この三日の間に取り立てて変わった事は起こっていない。少なくとも、マリコの目の届く範囲では。
◇
龍の国とのあれこれが始まって、ナザールの里はこれまで以上に騒々しく、かつ忙しない状況に陥った。しかし、その騒ぎの中心近くに居るマリコの生活はというと、忙しなくはあるものの、日々似たような事の繰り返しになっている。
朝は相変わらずミランダに起こされて朝練に参加した後、朝食が終わるところまでは宿の仕事をこなす。その後、次の転移予定該当者を伴って転移門に向かう。龍の国へと人を送る、「転移屋」である。これは当初の転移予定者――各国の代表やタリアを始めとしたナザールの面々――の全員がまだ終わっていないので、もうしばらく続くはずだ。
もっとも転移屋については、龍の国からやってきたコウノとクロも手伝ってくれている。ツルギの一族ということで、ゴケン、コウノ、クロの親子は転移門を使ってナザールの里に来たのだ。魔力量の関係で一往復に二日掛かってしまうが、二人いるので毎日一人は送っていける事になる。
龍の国に着くと転移屋は終わりだが、次は新たに増えた仕事が待っている。ナザールの里で預かった荷物を渡して、逆にナザールに送る荷物や次の注文を受け取るのだ。持っていくのは龍たちからの注文品や先に龍の国入りした人たちからの依頼品で、受け取るのは野牛肉やテキーラなどの産物と代金代わりの魔晶である。
受け渡しの窓口はツルギとエイブラムがまとめて引き受けてくれているので、マリコは純粋に運び屋をやっている。これも行き来できる人が増えれば、いずれは研究会や商人の仕事になるだろうから、一時的なものになるはずだった。もっとも、マリコのアイテムボックスの容量の大きさも知られているので、向こうにできる予定の宿の建築資材の運搬については密かに期待されていた。
続いてエイブラムと一緒に、向こうで増やした回復系魔法取得者たちの現状を確認したり相談を受けたりする。治癒の効果が上がった――つまり恐らくスキルレベルが上がった――と感じるまでの使用回数などを数えるように頼んでいるので、これは研究の一環でもあった。
これらを終えた後、再び転移門をくぐってナザールに帰ると、大抵昼頃になっている。宿に戻って龍の国からの荷物や注文の受け渡しを済ませ、昼ご飯を食べる。その後は日によるが、宿の仕事をこなしたり、修復希望者を治したり、ブランディーヌの襲撃を受けたりしていると日が暮れる。時に隙間を狙うように起きる、女神の人助けクエストに出向く事もあり、バタバタしている内にその日が終わっていく。
この女神のクエストだが、クリアすると結構な経験値が入ってくるようだ。料理などでもそれなりの経験値を得ていたのでじわじわとレベルの上がっていたマリコだったが、昨日遂にレベル九十九まで来た。次に上がったらマリコもレベルリセットを頼みに行かねばならない。
「ミランダさんの方は落ち着きましたか?」
「あ、ああ。さすがにもう、一度のクエストでいくつも上がったりはしないようだ」
夜、二人だけになった時にマリコが聞くと、ミランダはほっと息を吐いた。今からマリコは清めの儀に、ミランダは修練のために女神の部屋に向かうつもりなのだが、ミランダはこの三日間続いた、初めての事態に驚いていたのだ。
レベルが上がるにつれて、レベルアップに必要な経験値は増えていく。逆に言えば低レベル帯のうちはどんどんレベルが上がるということでもあるこのシステム設定は、コンピュータRPGではかなり一般的である。その手のゲームに馴染んだマリコには今さらだが、ミランダはそうではなかった。
料理がまだそれほど得意でもないミランダは、宿の仕事ではほとんど経験値が入ってこない。普段戦闘をすることの無い状態の今のミランダが、レベルリセットの後、初めてまともな経験値を得たのが女神のクエストだったのだ。クエストの完了処理をした途端に響き渡る、レベルアップを報せるチャイム。しかもそれが連打されて鳴り止まない。半ばパニック状態に陥ったミランダはマリコの下へ走った。
――これが女神様の言われた「何か」ではないのか!?
何事かと驚いたマリコだったが、ミランダにメニュー画面を見せてもらって一瞬で理解した。確かにクエスト一回でレベルが二十も上がれば、驚いても仕方がない。だが、レベル一の時に大きなクエストをクリアすれば、ゲームのシステムではそれで正常なのだ。それを説明して何とかミランダを宥め、今日ようやく事態が落ち着いてきたのだった。
「一気にスキルポイントが貯まったな。次はどれを上げるのが良いだろうか」
「そうですねえ……」
今またメニュー画面を開いて見せながら、ミランダが聞いてくる。ここしばらくでミランダのステータスはかなり向上した。得意なスキルの完全習得を目指すのか、ステータス目当てに新たなスキルに手を伸ばすのか、悩むところである。そんなことを考えながらミランダのウィンドウに走らせていたマリコの目が、ある一点で止まった。
「……ミランダさん。これ、いつからこんな風に動いてるんですか」
「ん? はて、いつからだろう? 先日話をした時にはこうではなかったと思うが。何かおかしいところが?」
経験値はクエストをクリアしたり何かを生産した時などに、それぞれの既定値が一度に手に入る。その際にメニュー画面を見ていれば、まるでスロットマシンの目のように一気に数字が動くが、そうでない時には止まっているものだったはずである。
その経験値欄の数字が今、ゆっくりと動いていた。デジタル時計の秒表示のように、少しずつ、だが確実に増えていっている。
「こっちの方が、確実に『変わった事』ですよ!」
「そうなのか?」
目を見開いたマリコの顔を、目を瞬かせたミランダが見返した。
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