450 戻ったら戻ったで 8
初お目見えのテキーラに盛り上がりはしたものの、さりとて今すぐ酒盛りという訳にはいかない。夜に食堂で出すということでこちらは一旦置かれて話に戻る。龍の国から来る話はしたので、今度はこちらから行く話になるはずだった。
新たな転移門が見つかった場合、周囲の安全を確保しつつ、人が常駐できる拠点を作るのが常である。大抵は、まず戦力としてある程度の数の探検者が乗り込み、次いで補助する立場になる事が多い神格研究会のメンバーやそれに率いられた建築関係者が行くことになる。
しかし、今回は向こうに既に龍の国があるので、いつもの対応という訳にはいかなかった。マリコもつい先ほど聞いたばかりだが、マリコが出掛けた後、ツルギの伝えた事を基に話し合いが行われ、あちらに向かう大体の順番が決められたそうである。
まずは、神格研究会および中央四国各国の代表が向かうことになっていた。全体の事を考えれば妥当なところだろう。次にタリアを始めとした、ナザールの里長一家から数名。これは直近の転移門という「お隣さん」なので、行き来できる者がある程度いないと困る事になるからだ。
そうして、その何人かが行き来する時、ついでに「転移屋」をやってドラゴンの門に行ける者を増やす。個人的な希望者を募ることができるのはその辺りからということになる。ただこれも普通の人には少々ハードルが高いのだ。転移する距離が長いせいでそれなり以上に魔力量の多い者でないと日帰りは難しい。にも係わらず、向こうにはまだ宿屋が無いのである。
龍が住んでいるとは言え、招かれる形で行ったマリコや今後のために行くメンバーはともかく、いきなり行って「泊めてください」と言うのも不躾だろう。そんな訳で、多くの人にとって「龍の国行き」は、興味はともかく実際にはまだ少し先の話である。
そして、興味という点ではもっと気になる存在が目の前に居るのだった。翼を生やして空を飛んだのだ。気にならない訳が無い。その様子にタリアはふんと息を吐いて肩をすくめた後、四国の代表が並ぶ席にちらりと目を向ける。
「細かい話は向こう行ってツルギさんとしてもらうことになったし、そろそろ仕方ないかねえ」
「え? ああ、シウンさんの事ですか」
タリアの小声にマリコは答えた。
「そうだよ。もうほとんどバレちまってるようなもんだし」
「そうですねえ。このままだと別の誤解を生みそうな気もします」
元々、シウンが龍であることを内緒にしていたのにはいくつかの理由があった。国同士の話を聞かれてもシウンには答え様が無いことや、皆が龍をどのようにとらえているか分からないことなどである。何せ、ほとんどの者は実物を見た事など無く、物語に登場する姿しか知らないのだ。
だが、中間形態を見せてしまった以上、マリコが口にした通り、放っておくともっとややこしいことになりそうだった。皆が見ている前だが仕方がない。二人はシウンを呼んでやる事を耳打ちする。
「……それで構わないのか?」
「構やしないさ。この何日かで人となりは知れただろうからね」
マリコが出掛けている間も、シウンは住み込みのメイドさんとして過ごしてきた。仕事の方は少し慣れたくらいだろうが、言動や見た目から概ねミランダの妹分として受け入れられている。
「それでは、おほん」
メイド服姿のシウンは、咳払いを一つして皆の方に向き直る。
「我が名はシウン。大空を統べる龍族の末座に連なる者! お見せしよう、形態変更!」
ナザールの里へやって来た日と同じ名乗り。皆がそれに反応する間も無く、シウンは虹色の光に包まれる。
「「「おおお! ……おお?」」」
光はすぐには治まらず、しばし渦を巻き続ける。中ではシウンが着替えているのでこれは仕方がない。皆の声が困惑の色を帯び始め、ようやくその光が消え去ると、そこには中間形態となったシウンが立っていた。マリコの勧めに従って、ニュービーキラーを着込んでいる。
「「「おおおぉお!」」」
今度こそ本気の歓声が上がった。翼や角の生えた姿に対するものか服装に対するものかはよく分からないが、とにかくすごい歓声だ。シウンが半ば鱗に覆われた手を掲げると、声はゆっくりと治まっていった。
「先ほども申し上げた通り、私は龍族の一人。だが、この姿が龍族本来の姿ではないのだ。とうっ!」
言うや、シウンは翼を一打ちして舞い上がる。三度歓声が上がりかかるが、シウンは放物線を描いてじきに地面に降り立った。そこは集まった皆から見て宿の左、運動場の真ん中である。
「今度こそお見せしよう。形態変更!」
拳を突き上げ、シウンが叫ぶ。同時に、今度は巨大な虹色の光がその身体を覆い隠した。ニュービーキラーを脱ぐだけなので今回は早い。光の渦はじきに消え去った。
陽の光を受けて輝く白銀の巨体。大きな翼と尾を揺らし、優美な角の生えた長い首が持ち上がると、その高さは宿の三階を越えていた。
「ゴアアアァッ!」
「「「うおおおぉぉぉ!」」」
天に向かってシウンが吼えると、広場の皆も拳を掲げて吼えた。子供たちも含めて、悲鳴を上げる者が一人もいない。
「……何と言うか、こういう時はやたらノリがいいですよね、皆さん」
どなたの影響でしょうとマリコが振り返ると、タリアは「さあねえ」とだけ言ってシウンの方に目を向け直した。
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