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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第六章 メイド(仮)さんの奔走
453/502

447 戻ったら戻ったで 5

 まだそれほど近くはない。五人は声の聞こえた方に向かってそれぞれの得物を構えた。シーナ、マリーン、ジュリアは足止め用の弓、エリーとシウンは剣である。じきにガサガサパキパキと下草や低木を掻き分ける音が聞こえてきた。そちらに目を向けると、揺れる木々の間に、近付いてくるその姿がチラリと覗いた。


「な!?」


「デカい……」


 漏れ出た声は誰の物だったのか。それを耳にしながら、エリーはゴクリと唾を飲み込んだ。以前、マリコが初めて野豚狩りに参加した時に現れ、そしてそのマリコに倒された大野豚。わずかに見えた姿は、それに匹敵する大きさがあるように思えた。エリーはひゅうと細く息を吐いて心を落ち着け、記憶を掘り返す。


 マリコが例の大野豚を狩った後でタリアたちに聞いた話だ。野豚は比較的ポピュラーな動物で生息範囲も広く、それぞれの地域で食用として狩られている。故にその生態もある程度詳しく知られているということだった。


 群れの中心は数頭のボスと多数のメスと子供たち。それを囲むようにボスの座を狙う若いオスや、稀にボスの座から降ろされたオスが住むという。まだ若くて弱いオスほど群れの中心からは離れて暮らしている、というより中心に近寄らせてもらえないので結果的に離れて暮らすことになるらしい。


 つまり、群れの生息域の周辺部には若くて小さい個体が多いが、全体で言えばボス挑戦間近のような大きな個体もそれなりに居るということである。そうした個体が何かの拍子に周辺部に出てくることは、多くはないが皆無でもないことも知られていた。そして、多少大きくはあっても、対処法は普通の野豚と同じであるということも。


 要するに、大きな個体も時々は現れる。そして、マリコのように一太刀でというのは無理にしても、狩れない相手ではない。一呼吸の内にそこまで考えて結論を出す。


「いつも通り行く」


 エリーは四人にそう伝えると、手にした剣と盾を握り直した。野豚は前脚が発達しており、体型だけで言えばイノシシよりもゴリラに似ている。口から生えた大きな牙も危険だが、メスを捕らえ押さえ込もうと振るわれるこの前脚こそが、この野豚狩りでは一番の脅威だった。だからこそ、先に弓矢で足を潰すのだ。


 草木を掻き分ける音が近付き、程無く木々の間から野豚が姿を現した。やはり大きい。前脚を地面に着けた、ゴリラのナックルウォーキングのような姿勢だが、それでも頭の高さがエリーたちより上にある。


 まだ数十メートルの距離があり、風向きは奥から手前。目があまり良くないとされる野豚には、普通ならまだ気付かれていないはずの状況。にも拘らず、大野豚は警戒した様子の顔を、真っ直ぐエリーたちの方に向けていた。襲い掛かって来ないのは不思議だが、こちらに気付いているのは間違いない。


「……射撃、開始」


 斜め前に少し進んで弓の射線を空けたエリーは直ちに、そして静かに命じた。ダッシュされれば数秒で詰められる距離である。このまま近接戦になればただでは済まない。三本の矢がピュンピュンと弦を鳴らして撃ち出され、狙い違わず太い左右の前脚に突き立った。


「ブギャッ!」


「次っ!」


 悲鳴を上げつつも足を踏み出した大野豚に、エリーは次の矢を催促する。身体の大きさの分、もう何本か射込まないと止まらないだろう。


「ブオオオオォォ、ブギッ! ブオオオオォォォォ」


「え、また!?」


 半ば足を引きずるように前進しつつ、大野豚は長い吼え声を上げた。朝方に狩った一頭目の野豚と同じ様な声である。途中で二射目を中てられても、なお吼える。


「全員、弓を仕舞……」


「「ブオオオオォォォォ」」


 近接戦への移行を指示しかけたエリーの声は、途中で途切れた。大野豚の咆哮に呼応する声が、森のすぐ奥から聞こえたのである。それも一頭分ではない。すぐに、バキバキと薮を突き抜けてくる音が響いてくる。エリーの決断は早かった。


「無理! 下がる!」


 振り返って怒鳴った。ほぼ足を潰せたとはいえ、大野豚を前にさらに複数の野豚が来るのではどう考えても手に余る。このところのマリコたちとの朝練で技量は上がったと感じているが、初体験のシウンを含めた五人で三頭を正面から相手取っては、さすがに無事では済まないだろう。せめて目の前の大野豚からもっと離れられれば、一時的にでも五対三から五対二へと状況を変えられる。


「エリー殿、前!」


 シウンの声に視線を戻すと、大野豚の脇から飛び出してくる影が見えた。それも二つ。どちらも矢を射込んだ大野豚と見紛う大きさだった。二頭は分かれ、エリーとシウンたち四人の方へとそれぞれ突っ込んでくる。エリーは下がる選択肢を捨てた。


 今背中を見せれば、無抵抗のまま後ろから殴り飛ばされるか、捕まって押し潰されるだろう。エリーは左手の盾を構えた。大野豚は突進しながら頭を下げ、右前脚を横に振りかぶる。その姿が一瞬明るく浮かび上がった。自分の後ろで何か光ったようだが、確認する余裕は無い。


「ぐっ!」


 横殴りに来た大野豚の腕を、エリーは盾で受け流そうとする。ガシュッと音を立てて拳が盾を掠めた。しかし、予想以上の膂力にそのまま身体ごと右へ持って行かれそうになる。左腕は右に伸び切ったが、何とか踏ん張って支えた。


 そこへ、下から突き上げが来た。大野豚が下げていた頭をかち上げたのである。下あごから突き出していた牙が前に出ていたエリーの左腕を(えぐ)り、長い鼻面が腹部を突き上げた。


「がふっ!」


 車に撥ねられたかのようにエリーの身体が宙を舞い、数瞬の後にドサリと背中から地面に落ちた。落ち葉と森の土のおかげか、不思議と痛みは感じない。ただ、左腕だけがやけに熱い。


「エリー殿! おのれ!」


「「「エリー!」」」


 声のした方へ、何とか目だけを向ける。するとそちらには、シウンたちの方へ向かったはずの三頭目の大野豚が、何故か仰向けに――奇しくもエリーと同じ様に――倒れていた。そこからエリーを吹き飛ばした大野豚の方へと、シウンが駆け寄ってくる。しかし、そのシウンの身体にはエリーに見覚えのない物が付いていた。


(角? しっぽ?)


 頭の上にはホワイトブリムではなく優美なカーブを描く角が、ミニスカートの下からはミランダのものとは違う、銀の鱗に覆われた太いしっぽが伸びていた。それが錯覚かどうか分からないまま、エリーの意識は途切れた。


 ◇


 そこから後の事は、シーナたち三人が話してくれた。自分たちに向かって来る大野豚を前に、シウンが何か叫んだかと思うと一瞬虹色の光に包まれて角としっぽを生やし、これを瞬く間に殴り倒したのだそうだ。


 エリーに傷を負わせた大野豚がそれを見て身を翻して逃げ出し、シウンはその場から動くことなく、何かの魔法でこれを真っ二つにしたのだという。風を切るような甲高い音を伴ったその一撃はすさまじく、矢を受けてもがいていた一頭目の大野豚と辺りの木々も巻き込んで、まとめて薙ぎ払ったのだそうだ。


 その間に三人はエリーにポーションでできる限りの治療を施した。これ以上の事は里に戻らないと無理だと聞くと、シウンはやおらメイド服を脱ぎ始めたのだそうだ。服の中で折り畳まれていた翼を広げたシウンがエリーを抱えて飛び立ち、残された三人は倒された大野豚を回収して戻って来たのだと、話を締め括った。


 何が起きたか正確に理解したマリコは、思わずミランダの顔を見る。鏡写しにしたような表情が、そこにあった。

以下は、珍しくシリアスっぽい戦闘シーンに水を差しそうだったので途中で本文から外した、シウンの変身&戦闘シーンです(汗)。これも含めると、今回はいつもの倍近くの長さになるという……。


 ◇


 一方、シウンは無理を悟った。一緒に居るシーナたち三人は弓を投げ捨て、各々の得物を取り出しつつある。しかし、きちんと構える前に大野豚が突っ込んでくるだろう。人型の今の自分では、それを止めるのに力も技も足りない。となれば、自分を救い、仲間を救うための選択肢は一つしかない。シウンは足を踏み出しつつ叫んだ。


形態変更(モードチェンジ)!」


 龍の姿に戻れれば一番なのだろうが、ここでは木が多すぎて戻れてもまともに動けない。中間形態(ミディアムモード)へと変わろうとした。もちろん、悠長に服を脱いでいる暇は無い。


(折角マリコ殿がくださった服だが……)


 虹色の光に包まれながらシウンは申し訳なく思った。今、角に押し出されてホワイトブリムがポンと外れるのを感じた。次に翼が生えることで恐らく背中が裂けてしまうだろう。


 しかし、シウンはマリコのメイド服を甘く見ていた。特殊な素材で作られた服は、着る者のサイズに合わせてある程度大きさや形を変える。だからこそマリコの服をミランダやカリーネたちがそのまま着られるのだ。だが、身体の作りが違う者が着ることまでは想定されていない。ゲームには翼の生えたPCプレイヤーキャラクターはいなかったのである。


「むぎゅ!」


 肘を曲げた腕のような状態で肩の後ろに生えた翼はメイド服を突き破れず、逆に押さえ込まれてしまった。背中側が突っ張ったせいで一瞬胸回りが押えられてピチピチになったが、すぐに気にならない程度に緩む。次いで無事にしっぽが伸びたのを感じたが、翼を広げられないのは変わらない。


(何と丈夫な! いや、感心している場合ではない)


 そのまま力強く地面を蹴って飛び出し、突き出される大野豚の拳に己の拳を叩き付ける。ガツンという音と共に太い腕が脇にそれると、目の前に太い牙を光らせた大野豚の顔が迫っていた。


「遅い!」


 しっぽを地面に叩き付ける反動を加えた脚が、一直線に蹴り上げられる。頭蓋骨ごと顎を蹴り砕かれた巨体が、半回転しながら宙に浮く。それがズンと重い音を立てて地面に落ちると同時に、シウンの背後でも何かがふわりと地面に舞い落ちた。


 破れた小さな布切れ。よく見るとリボンのような細い紐が付いている。それは、生えてくるしっぽを押し留めることができなかった、ケーラの店で買った普通の紐パンの変わり果てた姿であった。


 ◇


誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスさん「いよいよ俺のでbウワァァァァァァァ」
[良い点] 尻尾に紐パン笑 運が悪かったのか、それともシウンちゃんが呼び寄せてしまったのか…
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