446 戻ったら戻ったで 4
程無く無事に目を覚ましたエリーは、自分が居る場所に驚き、怪我が治っている事に驚き、着ていた物を切り裂かれた自分のあられもない姿に驚いた。だが、すぐに事情を理解すると、マリコとシウンに礼を述べ、父に黙って見ていた事への文句と心配を掛けた事への侘びを言って、着替えるために自分の部屋へそそくさと引っ込んで行った。
それを見送った後、マリコとシウンの手を取ってちぎれんばかりに振りながら礼を述べていたダニーがようやく落ち着きを取り戻して部屋を片付け始める。マリコはふうと一息つくと、とりあえず「ニュービーキラー」を着たシウンと一緒に奥の部屋を後にした。
在庫が置かれた部屋と店との間を隔てる扉を細く開いて様子を窺うと、店の前にはまだ人だかりがあるのが見えた。店を開けているところへ押し掛けたので、窓が開け放たれたままなのだ。そこから屋内を覗き込むそれぞれが心配と好奇心のない交ぜになった表情を浮かべているのまで見て取れた。
(そりゃあ、あれだけ目立ってたんですから、解散する訳ないですよねえ)
解散どころか、マリコたちがここに駆け込んだ時に辺りにいた人数より増えているような気がする。しかし、少し考えてみればそれも当たり前のようにマリコには思えた。
エリーを抱えたシウンは中間形態の姿のままで、ナザールの里のほぼど真ん中に降り立ってしまったのだ。そして当然ながら、野豚の住む南の森からここに至るまでの間には、ナザールの里の約半分が横たわっている。
そこにある田畑や林で仕事をしていた人たちからすれば、翼を生やした半裸の女の子が別の女の子を抱えて宿や自分の家もある里の中心部に向かって頭の上を通過していった訳で、何事かと思わないはずがない。全員ではないだろうが、何人かは追いかけて来ているだろう。つまり、その分人数は増えているのだ。
「ほれ、通しとくれ!」
マリコが出て行っていいものかどうかと迷っていると、最早聞き間違いようのないほど馴染んだ、タリアの声が聞こえた。窓際に寄っていた人の固まりがざわつきながらも少し下がる。と同時に、人垣の後ろの方からも「通して」という声が聞こえてきた。今度は縦に人垣が割れて、その隙間から白いジャケット姿の女の子たちがまろび出てくる。
(シーナさんにマリーンさんにジュリアさん)
今日、シウンやエリーと一緒に野豚狩りに出たという三人だ。急いで戻って来たのだろう、三人共息を切らしており、膝に手を突いたり深呼吸したりしている。ミランダを引き連れて窓際に姿を現したタリアは、三人と一言二言話した後、集まった皆に向かって待つように言うと、四人を引き連れて店の中へと入ってきた。
すぐにマリコがドアノブを握ったままの扉がノックの音を響かせる。マリコはそっと扉を開けてタリアたちを招き入れた。すぐにミランダが口を開く。
「マリコ殿。エリーは」
「大丈夫です。ちゃんと治りました。今、着替えに行ってます」
ほうと口々から安堵の息が漏れ、シーナたち三人がへたり込みそうになる。だが、今居る部屋ではろくに座るスペースも無い。まだ奥の部屋に居たダニーに断って再び作業場へと移動する。こちらならまだ腰も下ろせる。
「それで、何があったんだい?」
マリコがシーナたちを座らせて体力回復を使い、着替えたエリーが戻って来たところでタリアが聞いた。狩り組五人は顔を見合わせ、代表するようにエリーが話し始める。
◇
その朝、エリーたち五人はいつもの野豚狩りと同じ様に宿を出て、南へ向かった。紅白の革ジャケット姿の四人に対して、シウンはマリコにもらったメイド服姿である。丈夫さは折り紙つきであり、白いエプロンが目立つので誤射される心配も少ない。弓はまだまだだということで、手にはこれもマリコから渡された小剣と小型の盾を持っていた。
森の端に近付いたところで一頭目に遭遇した。向かって来る普通サイズの――つまり若い――野豚を弓矢で足止めして近接戦に移る。そこまではいつも通りだった。違ったのは、剣や槍に得物を持ち替えた皆が近付いたところからだ。
いつもなら、矢を射込まれてなお、野豚は四肢を振り回して向かって来る。しかし今日は、五人で緩く包囲して近付いたところで、野豚がビクリと一度固まったのだ。その直後、身体の向きを変えると森の奥に向かってヨタヨタと逃げようとし始めた。
「え」
もう何度も野豚狩りに参加してきたエリーもこんなのは初めて見る。こちらも一瞬反応し損ねたところで、野豚が吼えた。
「ブオオオオォォォォ」
長く尾を引くような、これも初めて聞く吼え声にエリーはハッと我に返った。ここで逃げられてしまっては何をしにきたのか分からない。
「逃がさない! 追撃!」
エリーの声を合図に五人は野豚を追う。幸い、足をほぼ潰されていた野豚に追いつくことは容易く、じきに五人はこれにとどめを刺した。それをアイテムボックスに仕舞って、五人は次の獲物を求めて歩き始める。
群れから離れて暮らしている若いオスの野豚は飢えており、それが同族でなくともメスの匂いを嗅ぎ付けると種付けしようと近付いてくる。一緒にオスの匂いがすると近付いてこないので、それを逆手に取って女性だけで狩りに来ているのだ。だから大抵は一、二時間もうろつけば獲物が向こうからやってくる。
しかし、二頭目の野豚はなかなか見つからなかった。代わりに、遠くからまた「ブオオオオォォォォ」と、長い吼え声が聞こえてきたりする。
「おかしい」
エリーはつぶやいて空を見上げた。太陽は中天に近付いている。初めてのシウンも居ることだしと、森の奥には踏み込まずに浅めの所をうろついているとは言え、いつもならとうに二頭目、多い時なら四頭目に出会っていてもおかしくない時間だった。
近頃は神格研究会に工事関係者、旅行者と、里で暮らす、あるいは滞在する人数が増えてきている。人が多ければそれだけ多くの物を食べる。以前は隣の街にもある程度売りに出されていた野豚肉も、あまり出せなくなっていると聞いた。先ほどの一頭分では、焼け石に水とまでは言わないが、またすぐ狩りにでなければならなくなってしまうだろう。少なくとも二頭、できれば三頭以上が今日の目標だった。
「仕切り直す」
今回の面子では自身の次に経験の多いシーナとマリーンに向かって、エリーは言った。そろそろ昼だ。一旦森から出て昼食を取り、もう一度始めるのがいいだろう。
「そうね」
「賛成」
「フゴオオォォ!」
二人の返事に被さるように、森の奥から太い声が聞こえた。
ちょっと半端ですが、続きます(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。