443 戻ったら戻ったで 1
何本かのテキーラ、野牛の肉の塊、そして、魔晶がひと山。コウノたちが持ってきてくれたナザールの里へ持ち帰る物を、マリコはアイテムボックスに詰めていく。テキーラと肉はお土産用に分けてもらった物だ。魔晶はツルギからの預かり物で、コウノたちの服の代金も含まれるが、ウイスキーやビールなど龍の国に無い酒を仕入れて欲しいと、始めに渡された物よりかなり増えていた。
昨夜の宴会の際、飲ませてもらってばかりなのも何だと、マリコは手持ちのウイスキーを振舞った。それはもちろん喜ばれたのだが、高々数本では味見程度にしかならず、マリコが今日戻ると聞きつけた人たちが話に上がっただけのビールも含めて「買ってきてくれ」と押し寄せたのである。だが、個々の頼みを聞くのはさすがに手間が掛かり過ぎるということで、ツルギがまとめて頼むという形になった。
(まあ、その辺もこれからは研究会とツルギさんのやりとりになるんでしょうけど)
これまでの龍族は部族内の取引をほぼ物々交換で済ませていたようだ。食べ物が基本的に狩りによる自給自足なので、貨幣を要する場面がほとんど無いのである。各種の硬貨は中央の銀行がまとめて発行しており、ここではツルギのような人が持ち込んだ物がわずかにあるだけでろくに流通していないのだから仕方がない。
一方、魔晶は狩りをすれば手に入る。龍の国には魔道具もほとんど無いので使い道も無いのだが、価値があるということは知られていて皆それぞれ溜め込んでいた。そして、未使用の魔晶は定額で取引されており、主な引き受け先は神格研究会である。
(当面、龍の皆さんの買物は魔晶で支払うことになるんでしょうね)
マリコがそんな事を考えていると、メッセージの着信音が鳴った。ミランダからである。
――相談したき事有り。いつ頃戻られるか
相談の具体的な内容が書かれていないのは、恐らく書き切れないからだろう。マリコは取り急ぎ「今日、もうじき戻ります」と返事を送った。こちらではそろそろ夕方が近付いているが、時差の関係でナザールの里はまだ昼過ぎである。帰ってからでも十分時間は取れそうだ。
(女神様の様子も見に行きたいところなんですけどねえ)
マリコはここ数日、女神の部屋を訪れていない。龍の国に来てからは夜も含めて常に誰かが一緒に居たので、こっそり消える訳にもいかなかったのだ。部屋の散らかり具合も気になるし、聞きたい事もある。だが、戻ったら戻ったでタリアやエイブラムにも話をしなければならないし、ミランダの件も増えた。女神の所に行くのは、また夜になってからになりそうだ。
荷物を詰め終えたマリコがコウノたちをお供に転移門前に向かうと、見送りなのか見物なのか、結構な人数が集まっていた。そのほとんどが転移門から少し距離を置いて取り巻いている中、一人だけ石畳の上に立って何かやっている。その赤い髪にマリコは見覚えがあった。マリコたちが近付くと、その男が振り返る。
「お。ああ、マリコ様。今から戻りかい?」
「ええ。ゴケンさんは何をしてたんですか?」
「うん? 転移門というのがどういうものか、いろいろ確認をな」
「確認!? ああ、そうか。ゴケンさんはツルギさんの……」
「おう。息子だ」
コウノたち五つ子はツルギの孫だということは、五つ子の父母のどちらかがツルギの子だということだ。父であるゴケンの方がそうだったらしい。ツルギの血を引く者だけは転移門を使うと決まった事で、実際に使うかどうかはともかく、とりあえず触ってみようとやってきたのだと言う。
「それで、どうだったんですか? どこへなら行けるんです?」
マリコは気になっていた事を聞いた。ツルギがナザールの門にいきなり行けたのが不思議だったのである。
「ああ。中央の四つの門と、後はナザールの門ってとこだけだな。他の門は選べない。このナザールってのは、マリコ様が来たところだろう?」
「ええ、そうですって、ゴケンさんもナザールの門に行けるんですか!?」
「そうだな。というより、現状だとナザールの門にしか行けない」
「え?」
ゴケンによると、中央四国の各門を選ぶと「魔力が足りません」と言われて直接行けないらしい。だから行けるのはナザールの門だけになるという。マリコは振り返ってツルギと顔を見合わせ、次いでコウノたちを呼んだ。
「コウノさんとクロさんも試してみてください」
「うん」
「はい」
二人が試した結果は、ゴケンと同じだった。地図に表示される中で最も近い門であるナザールと、中央四国の門しか選択できず、中央四国の門には魔力不足で移動できない。
「ツルギさんは中央へも直接行けるって言ってましたよね?」
「ええ」
マリコの問いにツルギは頷く。ただ、このツルギと他の者との差は予想が付く。魔力量の差だ。年の功というのも変だが、恐らく年齢やレベルなどの関係でツルギの魔力量が多いということなのだろう。
(女神様の仕業なのは間違いないですが、これは最寄のナザールを足掛りにしてるってことなんでしょうね)
中央四国と龍の国との間は距離があり過ぎるのだろう。並みの人では移動できないことになる。だが、ナザールまで出られるのなら、魔力の回復を待って次の移動をすればいいのだ。中央四国やその他の門もずっと近づいているはずなので、難易度はぐんと下がることになる。
(これ、ほとんどの龍は、まずナザールへってことになりますね……あ!)
「どうしてナザールだけって、そこばかり考えてましたけど、これ、私が連れて行かなくてもナザールには行けるってことですよね!?」
「そういう事ですな」
コウノたちは自分のタイミングでナザールへ行けそうだ。マリコの行き来はナザール側からの移動者だけを気にすれば済みそうである。少しだけ気が楽になったように思えるマリコは、後をツルギに任せてようやく転移門をくぐった。
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