442 龍の国滞在記 14
治癒を取得した者だけでなく、見物人も含めてその場に居た皆が解散しないようツルギに頼んだマリコは、元のメイド服に着替え直した。連戦で酷使してしまったショートタイプの物が、ちょっとそのまま着ていられない状態になってしまったからである。
「ええと、今日治癒が使えるようになった方は六人ですが、先々の事もあるので皆さんにも知っておいて欲しいと思います。もっと具体的なところについては今後こちらに来られる神格研究会の方に聞いていただく方が間違いが無いと思いますので、私からは概略だけ」
そう前置きして、回復系魔法の取得方法や条件の話を始めた。治癒の先には体力回復や状態回復があり、修復もここに含まれる。取得条件に「治癒のスキルレベル○○」とあるものがほとんどなので、治癒の使い手が非常に少なかった龍族にはこれまでほぼ無縁だったものだ。
しかし、今後は状況が変わる。基本となる治癒の使い手が増えればその分、上位のスキルを取れる者の数も増えるはずだった。ただ、そのためには治癒のスキルレベルがある程度上がっていなければならない。マリコが伝えたいのは、その上げ方だった。もっとも「スキルレベルが~」という説明をする訳にもいかないので、言い方に困るところである。
「戦いの技や攻撃系魔法と同じ様に、治癒も使い続けることで腕前が上がって行きます。ですから、なるべく治癒を使っていきましょう。それから……」
話を続けながら、マリコは考える。記憶にあるゲームでのレベルアップの条件は、二十まであるスキルレベルの半ばまでは「治癒を○回使う」だけだったはずである。十レベル辺りからはこれに「瀕死の者に治癒を○回使う」が加わり、どちらもレベルが上がるに従って必要回数が増えていく。治癒の回数など、最後の方では一レベル上げるのに数千必要だったような覚えがある。
(ただ、こちらの世界だと、そこまでとんでもない回数じゃないような気がするんですよねえ)
例えば修復であれば、ゲーム通りならその取得条件には「治癒のスキルレベル十三」が含まれる。そこまでレベルを上げるためには累計で千回以上治癒を使わねばならないはずだった。
ただこれは、モンスターとの戦闘が日常である「ゲームでの冒険者」にとってはそれほど大した回数ではない。ちょっとしたダンジョンや戦闘中心のクエストに挑めば、クリアするまでの間に数十回くらいは治癒を使う事になるからだ。本気で「スキルレベル上げ」をしている時なら、死なない程度にHPを減らしては治癒を連発、を繰り返すので、日に数百回以上というのもさほど珍しくはなかった。
しかし、エイブラムに聞いた話では修復の使い手だという二十人弱は、全員が探検者なのかというとそうではないらしい。普通に街で暮らしていて、千回もの治癒を使うことがそうそうできるのだろうかとマリコは思う。あの回数は、プレイヤーキャラクターは全員冒険者という前提があればこそなのではないか。
だからこそ、マリコはその辺りの事柄は神格研究会の持つデータに任せることにした。丸投げする形になるが、回復系魔法については既に完全習得してしまっているので、今さら検証のしようも無いのだ。
「……ということで、何かあれば神格研究会の方に相談してみてください」
マリコはそう言って話を締め括った。ある意味、龍族が神格研究会と懇意になるためのきっかけ作りである。マリコが今後もずっと龍の国に居るのなら別だが、そうでない以上、分からない事を聞く先は必要だろう。
神格研究会に聞けとは言ったものの、目の前にマリコが居る状態で何も聞かないということにはならなかった。新たな治癒の使い手を中心に魔法関係の質問が上がるし、昼を過ぎてからはコウノが龍族の大工を引き連れてきて、大きな浴槽の構造や湯を沸かす方法を聞きたがった。
マリコは分かる限りの事は答えて行ったが、知らない事までは答え様が無い。そもそもこちらの世界の事はマリコも知らない事の方が多いのだ。大きな浴槽にしたところで、大まかな構造は見て知っているが、作り方の細部や正確な材料となると怪しいものである。
(気が付いた事をエイブラムさんたちに伝えて、まとめて対処してもらうしかないですよねえ)
結局、日が暮れて再びの宴に突入しても突如質問が飛び出す状況は変わらず、昨夜のように酔ってしまうまでにマリコが書き留めたメモは結構な量になった。
◇
翌日、予定通りに到着した残る二人の治療を終えたマリコは、ようやく帰途に着くことになった。もっとも、こちらの転移門に来られる人族が今のところマリコだけなので、一日二日の内には誰かを連れて再びこちらに来ることになっている。いわゆる「転移屋」をやるようなものである。
コウノたちの家で持ち帰る物やメモを整理していると、ツルギがやってきた。何やら頼みがあるという。
「次に来られる時に、この娘たちが人型で着られる服を買ってきて頂きたいのです。費用は代わりにこれを」
「服、ですか。コウノさんとクロさんの?」
魔晶が入った袋を差し出したツルギは、頷いて理由を口にする。マリコが来てからの出来事を受けて龍族で話し合った結果、これまで通り龍族は転移門を全く使わないというのは無理があるだろうということになったらしい。ただ、今までの経緯もあるのでいきなり全面解禁というのも難しい。
「そこで、長ということになった私の血を引く者だけを当面の例外とする、ということになりました。もっとも、これから他の方々が来ることを考えると、私自身は当分ここから動かない方がよろしいでしょう?」
「それでこのお二人ですか」
ツルギによると、今龍の里に居る子孫はコウノとクロだけなのだそうだ。もちろん、本人が嫌がるなら無理強いはしないつもりだったが、二人とも構わないらしい。
「ん? でもそれなら、今日私が帰る時にどちらかをお連れしてもいいのでは?」
中間形態だと困るが、人型で着る服でいいのならマリコのアイテムボックスにはまだメイド服が入っているので、それを貸せば済む。それ以外はデザイン的に奇抜なのでちょっとオススメできない。
「いえ、今日同行させて頂くとなると、恐らくナザールの方に正体が……」
「あ、あー。そうですねえ」
先日のシウンは、組に紛れたことやカミルやタリアの協力もあってそれほど目立たずに済んだが、マリコが一人だけ連れ帰ったら誤魔化し様が無い。いずれは龍族が出入りしても皆気にしなくなるだろうが、今は目立つだけだろう。悪気は無くとも珍獣扱いになるのが目に見えている。
「ですから、こちらに来られる方がそれなりに増えてから行かせようかと思っております」
「その方がいいでしょうね。分かりました」
ドラゴンの門に来た者がそれぞれ戻っては「転移屋」をやれば、こちらに来られる人の数は倍々に増えていく計算になる。毎日の転移は無理にしても、一週間か十日もすれば、コウノたちが混ざって行っても目立たなくなっているだろう。マリコは服の仕入れを引き受けることにした。
次回、やっと帰還します、多分。
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