436 龍の国滞在記 8
沢山の人たちがマリコの居る席にやってきた。礼を述べる者に話を聞きたがる者。酒を注ぐ者に料理を勧める者。皆、今は中間形態である。彼ら彼女らの姿を見て、マリコは思った事を口にした。
「中間形態の時の鱗って、いろいろなんですね」
マリコの傍に座るコウノとクロの鱗は、普通のビキニ型とでも言うべき形をしている。しかし、やってくる人たちの身体を覆う鱗は様々な形をしていた。
女性だと、一番多いのはやはりビキニ型である。だが、マイクロビキニのようなさらに範囲の狭いものや胴回りにも鱗を生やしたワンピース型、二の腕や太股まで鱗に覆われている人もいた。さすがに風呂場でのコウノのように全部引っ込めている人はいないが、本当にいろいろである。
男性はさらにバリエーションに富んでいるように見えた。小はブーメランパンツ状のものから大は顔以外全て鱗という人までいる。上半身を全て曝すという選択肢がある分、女性よりパターンが増えるらしい。
「生来の形、つまり平均的な形というのはあるのですが、慣れてくればかなり自由に生やしたり引っ込めたりできますから」
男性としては一番多い形、つまりパンツと籠手、ブーツという姿だったツルギは、そう言って持っていたジョッキを置いて、その腕を前に出した。籠手状の鱗を一度引っ込め、次に顔まで全身鱗に覆われて最後は元に戻る、と一通りの変化を実演してくれる。
「器用なもんですねえ」
感心したマリコはふうと息を吐くと、改めて辺りを見回した。やはり若い方がそういうのに凝るのか、極端なあるいは奇抜な生やし方をしているのは比較的若い年齢層に多いように見える。着る服に凝るようなものだろうかと考えたところで、ふと首を捻る。
(よく考えると、ある意味全員裸なんですよねえ。私以外)
マリコは何となく居心地の悪さのようなものを感じたが、龍族の人々は龍の姿こそが本来の姿で、その時に服を着ることはない。むしろ邪魔なだけだろう。そういう意味では元々の感覚が違うのだ。思い返してみれば、服についての話もそれなりに聞かれた覚えがある。
(かと言って、今ここで脱いだら違和感が消えるかというと……)
仮に自分が全てを脱ぎ捨てたらどうなるのか。恐らく龍族の方々は特に気にしないように思える。しかし、自分の方はそうもいかないだろう。さすがに堂々としている自信は無い。現状を気にしたら負けだと、マリコは思うことにした。
◇
抵抗にも限度というものがある。否、本気でやってしまえば、どれだけ飲んでも全く酔わないということも可能なのだろうが、それは酒という物の存在理由に対する冒涜だろうとマリコは思っている。故に、抵抗する際にも敢えて隙を設けていた。つまり、そこそこには酔うのである。
ツルギが「真面目な話は明日にしましょう」と言った事もある。マリコの下にやってきた人数が多かった事もある。しかし、何より久々――という感覚――に味わうテキーラが美味かった事が原因であろう。濃いのと薄いのがあるとはいえ、薄い方でもビールの三、四倍の度数があるのを忘れて、結構な量を飲み干してしまった。
宴が始まって一時間も経つ頃には、マリコはいい加減酔っていた。それでも傍目にはそう見えないところが質が悪い。普通に受け答えをしてお酌を受け、空けては返したりしている。
「マリコ様、大丈夫ですか?」
「ええ、だいじょうぶですよぉ」
やがて宴もお開きになる時間になって、ツルギたちもマリコは酔っていることに気が付いた。騒いだり暴れたりはしないものの、かなり剣呑な目付きになっている。睡魔に襲われているせいで、目が半眼までしか開いてくれないのである。マリコには泥酔を消し飛ばす状態回復という必殺技もあるのだが、割りと幸せに酔っているのでそんなものを使おうとは思いもしなかった。
「お前たちの部屋にお泊めするんだったな。大丈夫かね?」
「場所はありますし、寝るだけですしー」
「問題無い」
半ば舟を漕ぎつつあるマリコを横目に、ツルギは孫二人に声を掛けた。この「始まりの地」にあるコウノたちの家は、姉妹五人で共有しているものなのだ。普段はそれぞれが各地に散っており、何かの折でないと全員が集まることはない。現に今戻って来ているのはこの二人だけである。場所に余裕がある事も知っているからこそ、ツルギはコウノに任せたのだった。
「マリコ様ー、行きますよー。またつかまってくださいー」
「なら今回は私が」
マリコを席から立たせたところでクロが手を上げる。
「ああ、クロさん。お手数掛けます」
飛ばないと家に入れないということまでは忘れていなかったマリコは、そのままクロに身体を預けた。それをひょいと抱え上げて、クロは翼を広げる。
「では頼んだぞ、二人とも」
マリコを連れて飛び立つ二人を見送ったツルギは早々に踵を返した。今夜のホスト的な役回りであるツルギには、残った酔っ払い龍たちを解散させるという、面倒な仕事が残されているのだ。
◇
岩肌の中ほどに開いた穴へと飛び込んだコウノとクロは、そのまま奥へと進んだ。後から掘った分、やや奥まった所にある扉の前に着地する。コウノがそれを開けている間に、クロは途中からやや重く感じるようになったマリコの顔に目を落とした。クロの首に回された腕にはまだ力が入っているが、身体の力はかなり抜けている。
「眠ってしまわれたようですが、どうします?」
「じゃあー、私の部屋行こうかー」
「一緒に寝るつもり?」
入ってすぐにあった、大きめのテーブルの置かれた広めの部屋を通り過ぎ、いくつかある部屋の一つへと入っていく。
「本当はー、シラちゃんの部屋ででも寝てもらおうと思ってたんだけどねー。今のまま一人で寝かせちゃうと、起きた時にびっくりするでしょう?」
「それはそうですね」
龍の姿でも過ごすことのできるコウノの部屋は、先ほど通り抜けた部屋ほどではないが十分な広さがあった。壁際に毛皮を敷き重ねた広い寝床があり、他には人サイズの机やイスが置かれている。クロが抱えているうちにと、コウノは何とかマリコの編み上げ靴を脱がせた。そのマリコをそっと毛皮の上に下ろしたクロが振り返る。
「それなら私も一緒に寝ようかな」
「いいねー。久しぶりー」
家に戻ったからか、やや口調の砕けたクロの言葉にコウノは頷いた。龍サイズの寝床は三人が寝転んでも十分に余裕がある。小さい頃はよく五人で一緒に寝たものだと、コウノは懐かしく思い出した。同時にもう一つ、思い出したことがある。
「じゃあ、人型にならないとー」
中間形態のまま一緒に寝ると、お互いの鱗やしっぽで引っ掻き合ってしまうことがあるのだ。故に形態変更が必須である。二人はさっさと人型に変わった。もちろん何か着たりすることもなくそのままである。寝床に上がった二人は次に、すうすうと寝息を立てるマリコに目を向けた。
「マリコ様はどうする? 人族は寝る時どうするのか、聞いてる?」
「ええとー。『ねまき』っていう服に着替えたり、裸のままだったり、いろいろだって」
マリコは当然寝巻きを持っているが、それは今アイテムボックスの中である。それは二人の知らない事であり、確かめるにも取り出すにも、一旦本人を起こさなければならない。しかし、気持ち良さそうに眠っているマリコを起こすのは憚られた。クロがどこか上ずった声を上げる。
「で、では、マリコ様が着ておられる服は……」
「脱がしてあげた方がー、いいんでしょうねー。寝苦しそうだし、しわしわになりそうだしー」
二人は慣れぬ服の構造に四苦八苦しながらも、起こさないよう細心の注意を払ってマリコを剥いていった。脱がせた物は机やイスの上に広げて並べていく。服を持たぬ者の部屋にハンガーは無いのである。そしてもちろん、下着だけ残すといった気遣いも、この二人の知識にはまだ無かった。
上掛け代わりの毛皮をマリコに被せ、二人はその両脇にいそいそごそごそと潜り込む。
「すぅ、すぅ。んんっ」
「マリコ様、やはりなんとご立派な。柔らかいです。暖かいです」
「クロちゃん、何やってるのー。もう寝るよー」
部屋に点っていた灯りが解除され、寝床は闇に包まれる。
二人はまだ、眠ったマリコの恐ろしさを知らない。
怪談オチ(笑)。
なお、ビール(約五%)のペースで焼酎(約二十%)を飲むと大変な事になります(汗)。
良い大人は真似されませんよう。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。