429 龍の国滞在記 1
龍族は元々の身体の大きさや生活形態もあって、人族に比べて全体の人数がずっと少ない。当然、それに応じて二度童となっている者もそれほど多くはなかった。この日、マリコが治療した龍は、イシヅチを含めて六人である。これで龍の国に来た目的は一応果たされたのかなとマリコは思ったのだが、そうではなかった。
「今、こちらに向かっている者が、まだ二人ほど居りまして……」
六人目の治療を終えて外へ向かう途中、今は中間形態になっているツルギが申し訳無さそうに言った。二度童となってしまった者は「始まりの地」であるここに連れ帰られていることが多いが、一人残らずという訳ではなかったのである。生活に支障の無い、症状が比較的軽い者まで無理に引越しさせる必要は無い。そうした者は当然ながら元の住処で暮らしているのだった。
それでも先々症状が進んで行くだろう事は間違いない。転移門を解放しても治療できる者――マリコである――を招くという部族全体の決定に、それぞれの地に住んでいた彼らも「始まりの地」に集まることになったのだそうだ。その二人がまだ到着していないということらしい。
「ああ、そうなんですか。それで、そのお二人はいつ頃こちらに?」
「予定通りなら、明後日には到着するはずです」
これは遅れという訳ではなく、事態がツルギを始めとした龍族の予想を越えて、早々と進展したせいだった。そもそも、転移門を使ってツルギがマリコを迎えに行くのに、丸一日程度は掛かる見込みだったのである。まさか、朝一番に直接ナザールの里に到着できるとは思ってもいなかった。
そして、ツルギのもう一つの見込み違いはマリコの魔力量の事である。ツルギ自身の魔力は、龍の国とナザールの間を往復したことで空に近くなっていた。年齢その他の条件から、龍族の中でも魔力量は多い方だと自負していた自分がこの有り様なのだ。片道だけとは言え、ナザールからやってきたマリコが、その日の内に六人の治療を終えてしまうとは思っていなかった。
「それなら大丈夫ですよ。元々二、三日は掛かるつもりで来てますし」
待たされる事になるにも係わらず、あっさり頷くマリコにツルギはホッとした表情を浮かべた。マリコとしては日程的にはそれで予定通りであり、特に気に障るほどでもない。使った魔力としては、距離があるからだろう、転移門に使った分が最も多かった。今すぐは無理だが、しばらく待てばナザールに戻れる程度には回復するだろう。
とは言え、日に日にこことナザールを往復するのでは流石に無駄が多過ぎる。明日の予定が空くのなら、何か別の事もできるだろうとマリコは思った。当てと言っていいものか、気になる事ははいくつかあるのだ。
◇
外に出ると既に陽は落ちかけていた。龍の国は気候的にナザールより暖かいらしく、まだ肌寒さは感じない。むしろ、直接戦いこそしなかったものの、それなりに走り回る事になったマリコは暑ささえ感じている。
そこでマリコは再び歓声を上げる龍の群れに囲まれることになった。イシヅチを始め、今日治療してきた人たちも混ざっており、口々に感謝の言葉を掛けられる。その盛り上がり様から、これはこのまま宴会モードに突入かとマリコが思っていると、コウノがマリコの横から割って入った。
「マリコ様はお疲れですー。一休みしていただきますからー、その間に準備をお願いしますー」
言うだけ言うと、コウノはマリコの肩に手を掛けた。
「にょわっ!」
何? と思う間もなく膝裏を掬い上げられ、マリコの口から変な声が出た。世界が九十度回転したと同時に、バサリという羽音と覚えのある浮遊感。取り巻いていた人たちが後ろへと遠ざかっていく。
「お爺ちゃん、後よろしくー」
マリコを抱えたコウノはそのまま上昇していった。目の前というほどの至近距離ではないものの、岩壁に開いた龍の家の入口の前を、結構な速さでいくつも通過していく。
「ど、どこへ行くんですかっ!?」
「いいところですー。はい、着きましたー」
返事をしつつ、一つの穴の前でコウノは上昇を止めた。それは他のものと同じようなサイズの入口になっており、奥は明かりが無いせいで、外がまだ明るい分この距離ではよく見えない。マリコが視線を巡らせると、上にはもう開いている穴は無いようだ。横には距離を置いて同じ高さに開いている穴があと二つ程見えていた。
「入りますー」
一旦ホバリングしていたコウノは、マリコを抱えたまま目の前の入口へと進んで行く。「一階」に比べるとずっと短い通路の先に、開け放たれたままの扉があった。それを潜ったところでコウノは羽ばたくのを止め、マリコも床に降ろされる。外よりもさらに暖かく感じるそこに明かりは無いままだったが、外からの光とマリコの暗視能力のおかげで大体は見えるようになった。
イシヅチたちの部屋より二回りほど小さいだろうか。奥に続く通路のようなものは見えず、一部屋だけの行き止まりのようである。片方の壁際に大小二つの四角い箱のような物がある他には何も無いようだ。その二つの箱の内、小さい方にマリコは見覚えがあった。それは石でできた土台のようなものの上に据えられている。
「私があげたお風呂じゃないですか!」
マリコの声に、コウノは何故か誇らしげに胸を張って頷いた。
何かあると風呂に入ろうという流れになるスタイル(開き直り)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。