428 龍の国へ 10
半ば本能のままにマリコに向かって駆けるイシヅチと、それを追う形となったツルギとコウノ。三人の中では一番身体の小さいコウノでさえ、以前マリコがナザールの放牧場で相対したボスオオカミより大きい。
そんな三人の咆哮を伴った突進は、傍から見ている分には正に怪獣総進撃といった趣きである。ただし、自分がその進路上に居るとあっては、マリコもその大迫力を楽しんでいるわけにはいかなかった。
「防御!」
突進を止めるべく魔法を追加して、イシヅチの挙動に目を凝らす。真っ直ぐ走るだけならかえって邪魔なのだろう。イシヅチの翼は背中に沿って畳み込まれており、今のその姿は四足獣そのもののように見えた。
そのイシヅチに並び掛けるツルギの後ろで、コウノが翼を広げてそれを一打ちする。ダッシュの勢いも利用してわずかに浮き上がったコウノは何と、目の前のツルギの背中に足を掛けた。そのまま二、三歩、岩山を走るようにツルギの上を進んで、今度はすぐ隣りにまで追いついたイシヅチの背中へと飛び移ってしがみつく。
「ゴアッ!?」
イシヅチがそれに驚いて顔を上げた瞬間、ツルギは自分の前脚を、横に並んだイシヅチの脚の前にひょいと突き出した。
「ギャウッ!?」
イシヅチは見事にそれに蹴つまづく。身体が斜めに傾ぎ、鳥と同じ様に翼を広げてバランスを取ろうとする。しかし、イシヅチは翼を広げられなかった。背中に取り付いたコウノが翼ごと抱え込んでしがみついていたからである。
背中にコウノを貼り付かせたまま、イシヅチは見事に転がった。ドカンと音を立てて二人の身体が跳ね、構えていたマリコの頭上を回転しながら越えていく。それを追ってツルギもまた、かすかな風切り音と共にマリコを飛び越えた。顔を上げたマリコの目の前を、金色の鱗が川の様に流れていく。
「わっ!」
車同士の激突事故に一人生身で巻き込まれたような感覚を覚えつつ、マリコは身体ごと振り返った。コウノごとゴロゴロと転がったイシヅチが起き上がろうとするのを、追いついたツルギが押さえ込みに掛かる。四肢としっぽも使って半ば巻きつくように取り付いたツルギに、イシヅチの動きがようやく止まった。それでもなお声を上げる。
「ゴアアッ!」
「イマ! ハヤク!」
「え、あ!」
龍プロレスに思わず見入っていたマリコは、コウノの声で我に返った。急いで駆け寄ると、銀色の鱗に手を当てる。イシヅチは今も動こうとしているようで、鱗の下の筋肉に時折力が込められるのが伝わってきた。
「鎮静!」
「ガ……」
鎮静は心身を落ち着かせる魔法である。マリコが気合を入れて放った魔法はすぐに効果を表し、興奮状態を脱したイシヅチの身体から力が抜ける。続けてマリコは睡眠を発動させ、イシヅチはじきに穏やかな寝息を立て始めた。
「ゴア」
「ガア」
顔を見合わせて頷き合ったツルギとコウノは、そっとイシヅチから離れた。そのままイシヅチを見守る様子のツルギを前に、コウノは中間形態へと姿を変える。
「ふう、お疲れさまでしたー。ああ、やっぱり中間形態の方が、話はしやすいですねー」
「お、お疲れ様でした。って、コウノさん、大丈夫なんですか?」
イシヅチごと岩の床の上を転がったコウノである。駆け寄ったマリコはコウノの身体が無事かどうか、ぺたぺたとあちこち確かめて回った。しかし、傷らしい傷はどこにも無い。
「あはは、くすぐったいですー。大丈夫ですよー、いつものことですからー」
「いつものこと?」
「あー、それはですねー」
コウノが言うには、今ツルギとやったのは「暴れる龍の取り押さえ方」の一つなのだそうだ。これは相手が二度童に限った話ではないという。飛ばれるのが厄介なので、翼を封じる役と取り押さえる役の二人が必要になるが、龍族の間では割りと一般的であるようだ。
その上、コウノやシウンはこのところツルギたちの相手をしていたので、似たような状況で暴走するお年寄りを止める事はしょっちゅうだったのだそうだ。
「うまく転がれば、滅多に怪我なんかしないものなんですよー。お爺ちゃんたちだとー、難しい技とか掛けてきませんしー」
「い、いやそれは……」
暗に「ボケているから単純」と言うコウノに、マリコはついツルギに目を向ける。案の定、龍の顔であるにも係わらず、渋い顔をしているのがマリコにも分かった。それはともかく、龍の姿の時に使う格闘術のようなものがあるのだと、マリコは理解する。
(そりゃそうですよねえ)
龍族にとっては、龍の姿の方が「普段」なのだ。当然、スキルの類もその姿で使えない訳がないし、龍の姿でないと使えないスキルだってあるだろう。人の姿での動きに慣れずに戸惑っていたシウンを思い出したマリコは、なるほどと頷いた。
「とにかく、今のうちにお願いしますー。もし途中で起きたら、またお爺ちゃんと止めますからー」
「あ、そうですね」
ピョコンと頭を下げたコウノを見て、マリコは本来の目的を思い出した。早速、眠っているイシヅチに近付く。
その日の夕方までに、マリコたちは「一階の各部屋」を総なめにした。
ツルギ「俺を踏み台にしたぁ!?」
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