427 龍の国へ 9
山肌をくり貫いて作られた通路は、天井も壁も比較的滑らかに仕上げられていた。逆に床だけはほんの少し荒さが残されている。中間形態の時はともかく、あまりツルツルにしてしまうと龍の姿の時の鍵爪と鱗の足が滑るんだろうなとマリコは思った。
入口からしばらくは緩い上り坂になっている。これについてマリコは、先にコウノから説明を受けていた。雨の降り込み避け兼滑走路なのだそうだ。それぞれの家の入口は岩壁に直接穴が開いており、軒先のような物は作られていない。この斜面を作っておかないと、斜めに降り込んだ雨が内側に流れ込んでしまう。滑走路としては、飛び出す時よりむしろ、飛び込んだ時に勢いを殺すのに役立つのだそうだ。
何かで軒を作ればいいのでは? と聞いたマリコに、コウノはこう答えた。
――何でどう作っても、最後には壊れて落っこちることになるから危ないんですよー
過去には、木、金属、魔法と様々な方法で軒を作ってみた者は居たらしい。だが、岩肌に後付けで取り付ける形だと、人族の普通の家と同じできちんと手入れしないと持って十数年。それ以外にも、岩肌側が脆くなっていきなりはずれたり、さらに上の山から土砂が落ちてきたりとなかなか長持ちさせるのが難しいのだそうだ。
そうして軒そのものが落ちれば、それ自体も「下の階」への落下物になってしまうので、かえって危険を増やしてしまうことになる。それなら内側に斜面を設けて、余計な出っ張りは作らない方がマシ、ということになっているのだと言っていた。マリコは岩壁に開いた穴を入口だと捉えていたが、あれは実質的には門――敷地と外界の境目――の位置で、今歩いている斜路が家に至る通路――アプローチ――に当たるのだろうと思い直した。
上り坂が終わり、通路の床がほぼ平らになる頃には、もう外からの光はあまり届いていなかった。構造的には洞窟と変わらないのだからこれは仕方がない。しかし、通路は真っ暗ではなかった。所々に白っぽい灯りの明かりが灯っている。
壁に、ナザールの宿にもあったのと同じ様な燭台が設けられていた。天井に近い、マリコでは手が届かない高い位置にあるのは、翼で引っ掛けにくいためと、飛べる中間形態なら灯すのに不便がないからだろう。だが、全ての燭台が灯っているわけではなく、大体一個置きになっていた。
「灯り」
ズシンズシンと歩を進めながら、ツルギとコウノは火が消えている燭台に魔法の明かりを灯していく。龍の口から割れ気味の声で発せられる呪文に、多めの魔力が込められているのをマリコは感じた。あれなら半日や一日は持ちそうだ。
次に世話に訪れる者がその時消えている燭台に同じ事をしていけば通路が真っ暗になってしまうことはない、ということなのだろう。似たような調整は、昼間は陽が差す分ここまでスパンが長くはないものの宿の廊下でも行われており、皆考える事は一緒だなとマリコは思った。
それなりに長い通路を進んだ先に、木でできた巨大な両開きの扉が現れた。通路が奥に長くなったのは「一階」が後から作られたからなのだそうだ。天井の高さをもっと取る必要のある部屋を浅い位置でうっかり掘ると「上の階」の床を抜いてしまう恐れがあるという。土系統の魔法で探知はできるので、安全な位置まで掘り進めた結果である。
それはともかく、所々金属で補強されているその扉は、マリコから見ると最早門扉である。ここから先が実質的な家、あるいは部屋ということになるのだろう。だが、マリコの感覚だと「一本道の先にいきなりラスボスの間があるダンジョン」みたいなものである。思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「コノサキニ、バアチャンガ、イル」
振り返ったコウノが、聞き取り辛さを補うために区切り区切り言う。頷き返したマリコは、念のために大きめの盾を取り出して構え、防護だけは掛けておくことにした。戦いに来た訳ではないので武器を持つ気はなく、回復系魔法は条件に「接触」が含まれるものもあるので、右手は空けておきたい。
「行きましょう」
「ゴアアアア!」
マリコの声を受けて、ツルギが扉の向こうへ向かって吼える。「来たぞ!」みたいな事を言っているらしい。返事らしいものは無く、ツルギは巨大な扉を左右一度に楽々と押し開けた。鍵は掛かっておらず、スイングドアのような作りになっているようだ。大きく開いた扉を潜っていったツルギとコウノを追ってマリコが中へ入ると、その後ろで扉は勝手に閉まり、数回前後に揺れて止まった。本当にスイングドアである。
「広い!」
通路と同じく、所々に灯った灯りの明かりに照らし出されたその部屋は、優に数十メートル四方はあるようだった。ツルギと似たようなものだという、この部屋の主イシヅチの体格を考えれば、これでも人のサイズに換算して八畳間とか十畳間くらいなのかも知れない。
部屋の一角には寝床らしい毛皮が敷かれており、さらに奥へと続く通路があるのも見える。しかし、肝心のイシヅチの姿は見えなかった。
「ゴガウ!」
部屋の中ほどまで進んだところで、上に向かって短く吼えたツルギの声に引かれて、マリコも天井を仰いだ。思わず声を上げる。
「高い!」
ツルギやコウノが首を高く上げれば頭が天井に当たりそうだった通路と違って、部屋の天井は本当に高かった。こちらも数十メートル以上ありそうだ。屋内でもある程度飛び上がる事を考えるなら、この高さが必要なのだろう。これは確かに、うっかり部屋を作れば上の階の床を抜いてしまうという話にも頷ける。
その天井に向かってそそり立つ壁面にも燭台が設けられており、さらに何カ所か棚のように窪みが掘られていた。コウノ曰く、物入れにしたりカウチ代わりに使ったりするそうだ。その一つに、銀色の龍が居た。シウンがさらに育ったらあんな感じになるのだろうかというその銀龍は、前脚を棚の縁に掛けて爛々と輝く瞳でマリコたちを見下ろしている。
「キャットタワーですか!?」
「ガゥアッ!」
ツルギたちには通じないであろうマリコの声に被さるようにイシヅチの声が響き、その巨体がマリコ目掛けて宙に飛び出した。
「どぅわっ!」
マリコは横っ飛びで避けた。いくら防護があるといっても、あのサイズの龍に上から落ちて来られてはただでは済まないだろう。その勢いのままにさらに距離を取る。一瞬の後、正にマリコが居たその位置に、銀龍がズズンと地響きを立てて着地した。
避けたマリコを頂点としてツルギとコウノが描く二等辺三角形。その中に降り立ったイシヅチは、既に狩人の目をマリコに向けていた。その後脚が次の跳躍のためにたわむ。それを止めるべく、ツルギとコウノの後脚もたわんだ。盾を構え直してマリコは叫ぶ。
「身体強化!」
身体能力を上げる代わりに体力の消耗が早くなってしまう身体強化は短期決戦向けの魔法である。とにかく、一撃を何とかして捕まえる。それがマリコの目論見だった。
「来なさい!」
「「「グワウ!」」」
マリコの声と同時に、三人が地を蹴った。
本年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
皆様が良い年をお迎えられますよう。
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