425 龍の国へ 7
「おおっ!?」
目に飛び込んできた光景に、マリコは思わず声を漏らした。眼前に広がるのは荒涼たる岩山とどこまでも続く砂漠……などではなかった。そんなものは全く見えない。
見えたのは龍、龍、龍。手前に居るのは角と翼と尾を生やした中間形態の龍や、おそらく幼龍なのだろう小型の龍で、その後ろにはシウンサイズからツルギに迫るサイズまで様々な大型の龍が見える。転移門は老若男女大小各色取り揃えた龍の集団に取り囲まれていた。
「これが本物の人族かあ」
「ゴガアア」
「強いのかな?」
「ガアウゥ」
マリコを見て口々に好き勝手な事を言い始める。一方マリコは、囲まれていたことに驚きはしたものの、不思議と恐怖は感じなかった。シウンたちで慣れていた部分もあるにはあるが、興味深そうにマリコを見る目に理性的な光が宿っていたことが大きい。何となく、ナザールの里にやってきた頃の事を思い出した。
(新入りや外国の人が珍しいのは、どこでも一緒ですか)
「こらあ! お前たち! マリコ様は治療のためにわざわざ来てくださったんだぞ! 邪魔するんじゃない! 話なら後でもできる! 散れ散れ!」
見かねたツルギが声を張り上げる。流石に周りが見えないほど取り巻かれていてはここから動けない。
「ツルギの爺さんは元気になった途端にうるさいな」
「ジイチャン、ウルサイ?」
「そうそう。爺さんはうるさい」
「あんた、子供に変な事吹き込むんじゃないよ!」
「いたたっ! 耳引っ張るな!」
「ほら、帰るよ」
「分かった分かった」
「カアチャン、ツヨイ」
どうやらマリコのことは基本的にツルギに任されているらしい。家族連れらしい中間形態の男女と子供を皮切りに、龍たちはそれぞれ動き始めた。ツルギに従って散っていく者、少し下がりはしたもののその場に残る者と様々だが、ともあれ、やっと囲みが解かれた。
「おー、これが龍の国ですか」
マリコは龍の壁が減ったところで、ようやく辺りを見回すことができた。砂の匂いを感じた通り、転移門の周囲は砂地になっていた。ただし、マリコの知識にある砂漠のような細かい砂ではなく、もう少し目が粗い。砂礫を踏み固めたような地面が広がっており、その向こうには緑も見える。
別の方向に目を向けると、そちらはすぐに砂地が途切れて岩壁がそそり立っていた。左右の幅は広く、今立っている転移門の側からでは端が見えない。岩壁の上はもっと傾斜の緩い斜面が続いており、どうやら山地の裾が崖のようになっているらしい。
「崖に……穴?」
そして、その岩壁には地面のすぐ近くからかなりの高さまで、いくつもの穴が空いていた。一つ一つの穴は縦横数メートルくらいありそうなかなり大きなもので、洞窟の入口のような丸っこいものもあるが、大部分は四角い。龍たちが掘ったのだろうとマリコには思えた。
「ええ、あれが我々龍族の、各々の住処の入口です」
「入口!? ……もしかして、飛んで入るんですか?」
「その通りです」
岩壁の角度は垂直とまでは行かないがかなりきつく、人が歩いて登れるものではない。何となく予想を口にしたマリコにツルギは頷いた。基本的には龍の姿のまま飛んで入れる大きさの入口を作ってあり、奥にねぐらにする部屋を掘ってあるのだそうだ。中間形態――と、稀に人型――で過ごすのを好む者は、その中にさらに人サイズの寝床や部屋を作ったりするのだという。
奥に掘る部屋は一つとは限らず、家族で住んでいる者なら部屋はさらに増える。隣に住んでいる人の家と繋がってしまったりしないのだろうかとマリコは思ったが、改めて岩壁を見てみるとほとんどの穴は隣の穴とそれなりに離れた位置に開いていた。いくつかあるすぐ近くに並んだ穴は兄弟など親族であることがほとんどだという。
(龍の集合住宅、いや団地ですかね?)
龍の住処を襲おうという動物がそうそういるとは思えなかったが、この形なら余計な侵入者を防ぐにはいいのかも知れないなとマリコは考えた。何だか虫の巣みたいだと思ったことは黙っておくことにする。
「それで、マリコさ……」
「マリコさん、お爺ちゃん」
ツルギがさらに話を続けかけたところで、横から声が掛けられた。振り向くと中間形態の女の子が立っている。マリコはその赤毛にもちろん覚えがあった。
「コウノさん!」
「こんにちはー!」
「コウノ。爺ちゃんは今、マリコ様と大事な話をしておるから、ちょっと待っていなさい」
「こっちも大事な話だと思うんだけど……」
文句を言いつつも、コウノは待つことにするようだ。一方のツルギの話は、マリコが予想していた通りのものだった。今日これから誰かを治療することが可能かどうか、というものである。転移門の通過でそれなりに魔力は使ったものの、半分以上は余裕で残っている。マリコが頷き、ツルギが「では早速」と言いかけたところで、コウノが割って入った。
「待って待って、次はこっちの話ー。マリコさん、その後、今夜はこっちに泊まるんですよね?」
「ええと、そのつもりですけど」
「なら、うちに泊まっていかれませんか?」
「え?」
「ああ、それはコウノにしては名案じゃな。マリコ様、我が家よりはその方がいいでしょう」
「いいんですか?」
恐らく宿屋など無いだろうとは思っていたので野営セットは持ってきていると言うと、男共が興味津々だからやめた方がいいと言われる。
「流石に襲い掛かったりはしないと思いますけどー、朝までお酒の肴にされる可能性がー」
「そ、それは……」
龍の飲む酒という物には多分に興味を引かれるが、朝までというのは勘弁してもらいたいところである。マリコはコウノの所に泊めてもらうことに決めた。
「ち、ちなみに皆さんが飲むお酒というのは、どんなものなんでしょう?」
「リュウゼツランという植物から作った蒸留酒ですな」
(テキーラじゃないですか!)
帰るまでに一度は飲もう、あるいは手に入れようとも決めたマリコである。
注)文中ではテキーラと言ってますが、「テキーラ」はウイスキーにおけるスコッチやバーボンのように、特定の産地と基準で作られた物にしか付けられない名称です。本来なら「メスカル」とすべきなんでしょうが、それだとかなりの読者様にはどんな酒だか通じない気がしまして(汗)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。