424 龍の国へ 6
マリコとツルギは転移門の白い石畳に立った。昼が近付いて、二人と黒い一対の石柱がそこに落とす影はかなり短くなっている。傍らには見送りとしてやってきたシウンとミランダの姿もあった。タリアやエイブラムたちまで来ると目立ち過ぎるので二人だけである。マリコたちは今から龍の国に向かうのだ。
ツルギがナザールの里に着いたのは今朝で、マリコが龍の国に出向く事も決まってはいたのだが、流石に「それじゃあ今すぐ」という事にはならなかった。シウン以上に話が聞ける相手を前にエイブラムは役目を丸ごと放り出す訳にはいかなかったし、途中から座に加わったブランディーヌが「ロマンスグレーな龍」に舞い上がった結果でもある。
ともあれ、あまり遅くなると時差の関係で向こうが夜になってしまうという理由でその場はようやく切り上げられた。あちらの様子次第だが、マリコは向こうに数日間留まる予定である。修復を含む回復系魔法を連発することになるのは分かっているし、転移門の使用にも魔力が必要となる。日帰りは不可能ではないかも知れないが非効率に過ぎた。
初めての場所に泊り掛けで行くことになったマリコだが、特段の不安は抱いていなかった。ツルギやコウノも居るし、戦いに行く訳でもない。オオカミを始めとした動物については、そもそも龍の集落を襲える存在が居るとは思えなかった。不安があるとすれば家、つまり寝起きする場所くらいだが、マリコのアイテムボックスにはテントなどの野営道具も入ったままなのだ。ダメそうならそれを使えば済むだろう。
「それじゃあ、いってきますね。ミランダさんもシウンさんも、後はお願いします」
「任されよ」
「うむむ、何とかする。楽しみもあるしな」
胸を張るミランダの隣でシウンはやや不安げである。いつも通りでいいミランダと違って、シウンは明日か明後日にはやってくるという各国の担当官の相手をするよう、ツルギからも頼まれてしまったからだ。もっとも、細かい話はできないのでほとんど相手の話を聞くだけになりそうだ。
楽しみというのは野豚狩りのことで、こちらも二、三日中に出掛ける予定で、エリーたちに誘われているのだった。人の姿で武器を使っての狩りというのが初めてらしく、こちらは本当に楽しみらしい。
「さて、準備はよろしいですかな、マリコ様」
「あ、ちょっと待ってください」
そろそろ出発しようかというツルギに断りを入れ、マリコはこっそり転移門を使いたいと念じた。前に試した時と同じ様に、目の前に地図ウィンドウが開く。しかし、表示された地図は明らかに変化していた。今朝カミルが見てきたと話してくれた通り、広くなっている。現在地であるナザールからずっと東、新しく増えた丸印に目を向けるとそこに「ドラゴン」の文字が浮かぶ。同じくカミルに教わった「選択不可」の文字は付いていなかった。
(う、やっぱり行けるんですか)
まだ行けないはずのドラゴンの門に行ける事を確認したマリコは、心の中でため息を吐いた。前の時にも思った通り、どうやらマリコは開通している全ての転移門に行けるらしい。誰の仕業かは言うまでもないが、それも含めてバラすわけにはいかなかった。猫耳女神を知るミランダだけなら「すごいな」で終わりそうだが、ツルギやシウンはそうもいかないだろう。
マリコは続いて聞こえてきた「同行者を一人選ぶことができます」との問いに「選ばない」の選択肢を選び、転移せずに操作を終えてツルギに向き直った。
「すみません。お待たせしました」
「はい。では」
ツルギが転移門の操作を始めると、すぐにマリコの頭の中に声が響いた。
「同行者として選ばれています。同行しますか?」
程なく「はい」と「いいえ」の選択肢が浮かび上がって点滅する。マリコはもちろん「はい」を選んだ。ツルギがさらに操作を進めると黒い二本の石柱の間に白い光の幕が架かり、次の声が響く。
「転移先は『ドラゴン』、転移できます。白い光に向かって進んでください」
「行きましょう、マリコ様」
「はい。じゃあ、いってきます」
「「いってらっしゃい!」」
ミランダたち二人の声を受けて、マリコは光の幕に足を踏み入れた。眩しさに一瞬目を閉じて顔を伏せる。
次の瞬間、目を開けたマリコには先ほどまでと同じく、やはり白い石畳が見えた。しかし、それ以外は全てが違っていた。
まず、ナザールよりも乾いた、砂の匂いのする空気がマリコの鼻の奥を刺激する。気温も少し高い。足元からは長い影が伸びている。太陽の高さが違うのだ。
「着きましたよ、マリコ様。ようこそ、龍の国へ」
落ち着いたツルギの声が耳に届き、マリコは顔を上げた。
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