043 昼休み 2
「まあ、眷属の話は置いておくとしてもだな、マリコ殿。我が国の国長には、この風と月の女神様の特徴を持つ者でないとなれない、というのは本当だぞ」
耳としっぽをピョコンと振って、結論付けるようにミランダが言った。
「でも確か、長を継ぐのはまず長の家族、でしたよね。跡継ぎ候補が猫耳じゃなかったらどうするんですか」
「ネコミミ? ああ、この耳のことか。うん、無論その原則は変わらない。家族がいない場合を除けば、長を継ぐのは長の家族だ。だから、長の家族もマリコ殿の言われるネコミミとなるよう、長の一族は基本的に結婚相手にもネコミミの者を選ぶのだ。両親が共にネコミミであれば、産まれてくる子も大抵はネコミミだからな。実際、長の一族にネコミミを持たぬ者が生まれたという話は聞いた事がない。元々ネコミミの者が多い国故、相手にも困らぬしな」
「それはなんというか、すごいですね」
(猫耳一族の治める猫耳の国……。なにそれ、すごく見たい。行きかう人達が皆猫耳……。陽だまりで丸くなっていたり、塀の上で寝ていたり……。いやいや、本物の猫じゃないんだから、丸まったりはしないか。でも老若男女の猫耳……。猫耳のばあちゃん、猫耳のおっさん、猫耳の子供達。うん、それはそれで……)
「それでミランダは結婚させられそうになって逃げ出してきたのよね」
「えっ!?」
サニアの台詞に、猫耳天国に思いを馳せていたマリコは驚いて我に返った。
「サニア殿、また人聞きの悪い事を言わないでいただきたい。私は別に逃げたわけではない。まだ十八なんだぞ。結婚などまだまだ考えられるものか。剣の道も未だ入り口を覗いた程度。故にこの地へと修行に出たのだ」
(タリアさんが言ってた、親が結婚しろってうるさいから最前線に来た人ってミランダさんのことだったのか。じゃああれか、長の一族に嫁入りさせられそうになって逃げたってことか)
「あら、私は十五で成人してすぐに結婚したわよ」
「それはカミル殿がいたからだろう」
「そうなのよ。あの時のカミルったらねえ……」
ミランダとサニアはお互い好き勝手にポンポン言い合っている。
(何気にこの二人仲がいいのか。少なくとも息は合ってるよな)
マリコがふと周りを見ると、ジュリアやエリーはいつものこと、という顔で聞いており、タリアは微妙な顔をしている。
「どうしたんですか」
「いやなにね、手の早いカミルのおかげで、わたしゃ四十になる前にばあちゃんにされちまった事を思い出しただけさね」
「あー」
(カミルが時々タリアさんを苦手そうにしている原因はこれか)
◇
その後の話の途中、マリコは一つ重要なことを確認することができた。お金のことである。
ゲームには金貨のGしかなかったが、ここではGの下にSとCがあった。レートは固定で、一G=百S=一万Cである。
紙幣はなく硬貨のみが存在し、一般に流通している硬貨は、大金貨(十G)、金貨(一G)、大銀貨(十S)、銀貨(一S)、銅貨(旧大銅貨、十C)の五種類である。始めは四つの門の里で作られていた硬貨も、今では四つの里が共同で作った銀行がまとめて鋳造している。
(厨房から見ていたら、今日の定食が銀貨六枚でビールがジョッキで銀貨四枚だったよな。銀貨一枚が百円位の感覚かな。あれ? そういえば……)
「今の銅貨が元の大銅貨なら、元の銅貨はどうなったんですか?」
「ああ。お金が作られた後、段々と物の値段が上がっていって、元の銅貨は銅としての価値の方が銅貨一枚より高くなっちまってね。お金として使うより金属として売った方が高くなるっていうややこしいことになるもんだから、今は使われてないのさね」
(自然にインフレしたってことか)
「ああ、なるほど。では十C未満の端数はどうするんですか?」
「大抵は端数が出ないように値段を付けるもんだけどね。もし出るなら、店先だと切り上げか切り捨てだね。あとは帳簿の上で数字として出てくるだけさね」
マリコの疑問にはタリアが答えてくれた。
(銀貨一枚で百円とすると、金貨一枚は銀貨百枚分で一万円かあ。ああ、元のアイテムストレージがそのまま使えるんなら、とりあえず金には困らないんだがなあ)
ゲーム内の取引、特に課金アイテムやレアアイテムの取引は千G単位や百万G単位になるのが普通だった。マリコはそれほどお金を溜め込むプレイをしていたわけではなかったが、それでも買物用に百万G単位の金貨をアイテムストレージ内に所有していたはずだった。
(今は着たきり雀の一文無しだからな。タリアさんが拾ってくれたから、とりあえず食と住はなんとかなりそうだけど)
マリコはお茶を飲み干してため息をついた。
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