423 龍の国へ 5
シウンの声はサニアを驚かせた。つぶやきというには大きかったそれは近くに居た人たちの耳にも届いたが、ほとんどの者は特に気にも留めていない。大抵の人には家族や親族が居り、時に遠くから訪ねてくることも珍しくはないからだ。これがもし、シウンの姉妹らしき美人ででもあったなら、もっと注目を集めていたかも知れない。
「シウンちゃんの、お爺様……?」
だが、サニアはシウンが何者で、どこから来たのかを知っている。そのシウンの祖父であるなら、それは何者で、どこから来たということになるのか。サニアの視線はカウンターを挟んで向かい合った二人の間を行き来した後、マリコに向けられた。
つい数日前に別れたところなので、マリコも流石に見間違えることはない。カリーネたちと一緒にカウンター前に立っているのはシウンの祖父、金色の龍ツルギだった。マリコはサニアに頷き返すと頼み事を口にする。
「サニアさん。タリアさんと、できればエイブラムさんを呼んで来ていただけますか? 私はこのお二人を奥の部屋へお連れしますから」
「分かったわ」
食堂の人だかりへ向かうサニアを見送ったマリコは、持ったままだった玉ねぎを脇に置くと、ツルギに向き直った。聞きたい事はいろいろと思い浮かぶが、今ここで始める訳にはいかない。
「ツルギさん、ようこそいらっしゃいました。ただ、ここは今騒がしいですから、とりあえず奥へご案内します。ミランダさん、お二人をタリアさんの部屋へ。私もすぐ行きますから」
「承知した。ツルギ殿、そちらへ。シウン殿も行くぞ」
「お手数を掛けますな」
「痛っ! 何をする、ミランダ殿!」
「いつまでも呆けているからだ。ほら、ツルギ殿をタリア様の部屋へご案内する!」
この数日の朝練の成果か、言葉遣いこそ変わらないもののミランダとシウンの関係はかなり気安いものになっている。頭にチョップを落とされて文句を言うシウンを促してカウンターから出たミランダは、二人と共に廊下の奥へと歩いて行った。マリコはカウンターの前に残ったカリーネたちを振り返ると声を潜める。
「皆さんはどこでツルギさんに会ったんです?」
「転移門に着いたら居た」
「サンちゃん、それ端折り過ぎ……」
ミカエラがはあと息を吐いて額に手を当て、まあまあと二人を宥めながらカリーネが口を開いた。
「私たちがここの門に着いたら、神様の話を確かめようとしたんでしょうね、門の所に人が集まってたの。同じ様に門に向かって来ている人も一杯いたんだけど、その中に一人だけ、反対向きに歩いて行く人がいてね。私はどこかから来た飛脚さんだろうと思ってたんだけど、あれはツルギさんじゃないのかって、バルトが気が付いたのよ」
それで早々に転移門から離れ、ツルギに追いついて一緒に宿まで来たのだという。もっとも、それほど急がなかったせいで転移門を確かめてから宿に向かう一団にも追いつかれてしまい、結果的に一塊になって宿に着いたのだそうだ。
(ツルギさん、かなり早くナザールの門に着いてたみたいですね。一体どこから回って来たんでしょう)
行ったことがない門には直接転移できないという原則通りなら、ツルギは自分が使った事のあるどこかの門に行った後、ナザールに来られる転移屋――料金をもらって目的地の門に連れて行く商売――を探さねばならなかったはずである。バルトたちと合流するというカリーネたちとその場で別れ、一旦厨房に戻って後を頼んだマリコは、執務室へと足を向けながらそう思った。
◇
「え!? ツルギさん、ドラゴンの門から直接ここの門へ来たんですか!?」
予定の面々が執務室に揃い、運び込まれたワゴンからお茶が配られる。一通りの紹介を終えて話が始まったところで、マリコは驚いて聞き返すことになった。
「ええ。私もアニマかヒューマンの門を経由してこちらに来ることになるだろうと思っておったのですが、転移門を使おうとしたところでナザールの門が選べることに気が付きまして。おかげで転移に掛かる魔力がかなり少なくて済みました。この感じなら、今すぐ向こうに戻ることもできるでしょう」
これまでに来たことはないと言っていたナザールの門に、ツルギがいきなり来られたのは何故か。マリコは一瞬考えたが、すぐに考えるまでもない事だと思い至った。そんな事ができる存在は一人しかいない。だが、犯人は分かっても動機はよく分からない。龍族と人族を早く出会わせたかったというのは知っているが、龍族任せだったこれまでの悠長さと比べるとやけに急いでいるようにも思える。
(女神様本人に会った時に聞いてみるしかないですね)
勝手に想像したところで正解に辿り着けるとは思えない。目の前ではツルギとエイブラムたちとの話が続いており、マリコは疑問をとりあえず頭の片隅に追いやった。
おかげさまで、本作の連載開始から丸五年となりました。
お付き合いくださっている方々、ありがとうございます。
我ながらよく続いているものだと思っております(汗)。
お話は一応進んでいるものの、さすがにこのペースでは完結までもうしばらく掛かりそうです。
今後ともよろしくお付き合い願えればと存じます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。