417 ドラゴンの生活入門 9
龍族が転移門を使う事を検討している。ただしこれには、回復系魔法の遣い手あるいはそれを教えられる人が来てくれるなら、という条件が付いている。それは主に二度童をなんとかしたいという理由である。返事はシウンにしてくれればツルギに連絡ができる。そういった一連の事を話した後、応接セットを囲んだ一堂を見回してマリコは続けた。
「それでシウンさんとも話したんですが、教えられるかどうかは別にして、治せるかという意味では私が行かないといけませんよね。教える方ならむしろエイブラムさんでしょうか」
マリコもゲームの知識としてではあるが、各種スキルの取得条件やレベルアップの条件をある程度知っている。だが、それらには最早マリコが確認できないものも多かった。今のマリコのステータスウィンドウに表示されるのは、未取得スキルの取得条件と既に持っているスキルを次のレベルにアップするための条件だけなのだ。
そんな状況なので、この世界でのそれらの条件についてより正確な情報を持っているのは、エイブラムの属する神格研究会ということになるだろう。どこか申し訳無さそうにそう言ったマリコに、一度タリアと顔を見合わせたエイブラムが向き直る。
「マリコ様ご自身が赴かれるつもりなのですか?」
「ええと、向こうからの連絡を受けられるのが今のところシウンさんだけですから、誰がどこから来るにしても、多分ナザールの里に迎えが来ますよね?」
「それは、恐らくですがそうなるのでしょうな」
龍族が転移門を使うと言っても、まず誰が使うのか、そこからどこに行けるのかといった事が今の時点では全く分からない。だが、連絡役としてシウンが指名されている以上、そのシウンがいない他の国や街にいきなり行ってもあまり意味が無いだろう。まずはナザールの里に誰かが来ると考えるのが一番自然なのだ。
「その上で、二度童を治すということであれば、ナザールの里には今、私しかできる人がいないでしょう?」
(何も知らない人にいきなり龍の国へ行けって言うのも酷でしょうし)
向こうは当然、未開地とまではいかないだろうが、龍ばかりで人族が誰もいないはずの土地なのだ。いくら中身が人とほぼ同じだといっても、初見であの外見を怖がらないのは難しいだろう。エイブラムに答えながら、マリコは心の中で付け加えた。それにマリコであれば、ツルギとコウノという知人も一応いるのである。
「それはそうなんですが、二度童であれば無理にマリコ様が赴かれずとも……」
「えっ!?」
マリコは思わず、エイブラムの顔を見た。エイブラムは今、二度童の治療にマリコは必要無いと言ったのだ。マリコの頭の中で警鐘が鳴り響く。
思い返してみれば、先日シウンを連れて戻ったマリコが龍について報告した際、ツルギの二度童を治療したという話もした覚えがある。だがその時、タリアもエイブラムも二度童の治療については特に何も言わなかった。あの時は龍そのものの方が大問題だったのでマリコもそれをさほど気にせず、詳しい話をしないまま流してしまっていた。
(どこかおかしい)
「……マリコ様?」
黙り込んだマリコにエイブラムが訝しげな声を掛けたが、マリコはそれに気付かずに考える。
マリコの「二度童の治療」には修復の行程が入っている。傷付き、失われた脳細胞を復活させ、その機能を取り戻すためだ。対象者全員に効果があるかどうかまではまだ分からないが、少なくともツルギには効果があったので、間違いではないはずである。
エイブラムの言によれば、修復の遣い手はこの世界の全部を集めても二十人以下らしい。そのため、その数少ない遣い手の一人であるマリコの所には連日のように修復を要する怪我人がやってくる。しかし、今までその中に二度童の人は含まれていなかった。
この事実と先ほどのエイブラムのセリフから考えられる事。それは……。
「エイブラムさん。エイブラムさんの知っている『二度童の治療』はどうやるんですか。教えてください」
「え、ああ。症状に応じて、病気治癒と状態回復のどちらか、あるいは両方ですね。場合によっては治癒も効果があります。ただ、年齢が原因の老化は魔法でどうこうできるものではありませんから、全員が必ず良くなるとは限りません」
「修復、修復はどうですか」
「修復ですか? どこも失くしていないのに?」
「え? あ! あーあーあー」
「マ、マリコ様!?」
いきなり額に手を当てて素っ頓狂な声を上げたマリコに、エイブラムが目を白黒させる。一方のマリコは、ようやくこの食い違いの元に辿り着いていた。これなら確かにマリコとエイブラムとでは「二度童の治療」の難易度も効果も違うことになる。
脳細胞が失われることがあっても外からは見えないのだ。そういう状態になる、ということ自体が知られていないのだろう。マリコが知っていたのは元の世界の知識故だ。言ってしまえば二つの世界の科学力の差が出たのである。
確かに、自然の老化には魔法も効かないらしい。そのため、脳細胞が失われることで起きる症状も老化によるものだと思われていたのだろう。それでも修復を施した事例が集まっていれば、経験則として知られていたかも知れない。しかし、試しにやってみるには修復の遣い手は少なすぎるのだ。
「エイブラムさん。私、元通りとはいきませんでしたけど、龍のツルギさんの二度童を治してきたって言いましたよね」
「は、はい」
「さっきエイブラムさんが言われたのと一緒に、修復も使ったんです」
「は? え、それは一体どういうことでしょうか」
失われた脳細胞に修復が効くなど、どうやって知ったのか。説明に困りそうな質問がきっと出るだろうが、マリコは構わず話し始めた。
(辻褄合わせの責任を擦り付ける相手は、ちょうどいいのがいますからね)
クシャミに揺れる猫耳がマリコの脳裏に浮かんだ。
「神様が言った!」が通用してしまう、神が実在する世界。
もちろん、やりすぎると訂正されたり神罰が下ったりもしますから、無茶な出鱈目は言えません(笑)。
誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。