415 ドラゴンの生活入門 7
誰かが転移門の前に立ってそれを使おうとすると、まずは目の前に地図が開かれる。そこには各地にある転移門が表示されており、その中から自分が行きたい門を選ぶのである。実際に行けるのはそれまでに自分が使ったことのある門だけなのだが、それ以外の門も表示だけはされる。つまり、転移門の地図を見れば、現在使われている門がどこにどれだけあるのかだけは分かるようになっているのだ。
各地の転移門には、そこを初めて使った者の名前が付くようになっている。それらは中央四国と呼ばれる、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、アニマの国々を中心に四方へと広がっていた。探検者の中でも特に門の探検者と呼ばれる者たちが前人未到の地に踏み入って発見したものであり、それはそのまま人類の歴史の足跡でもあった。
多くの場合、新たに発見された転移門の周りには人が住み着き、宿一軒から里へ、そして街へとなっていった。神々が人々に転移門を与えて――使い方を教えて――から千年余、それによって結ばれた点在する集落が各地にできている。しかし、未踏の地はまだ多い。これはマリコの記憶にある元の世界に比べて人の数自体がずっと少なく、門の探検者を目指そうとする者はさらに少ないからである。
そんな状態の中で送られたツルギのメッセージは、マリコを驚かせるのに十分だった。
「それで、ツルギさんはどうして転移門を使うことになったんですか」
「いや、そこまで詳しくは書かれていなくて、最後に『つづく』と……あ、次のメッセージが」
「え!? ああ、メッセージですもんね」
シウンの不可解な返事に一瞬驚いたものの、マリコはすぐに理由に思い当たった。ゲームにおけるメッセージ機能はあくまで「メッセージ」を送受信するためのものであり、長い文章を送れるようにはできていない。一度に書き送れるのは確か百文字程度だったはずである。女神がゲームの設定を踏襲しているなら、そこもそのままである可能性は高かった。
「ええと、爺様はどうやら我らの故郷まで無事に帰り着いたようで。それから……あ、また『つづく』か」
「故郷? シウンさんたちの故郷というのはどこなんですか?」
「ああ、始まりの地と呼ばれている所だ。あー、我ら龍族がまとまって暮らしていないという話はしたと思う」
「ええ」
「我らの数がある程度増え、神々にフレンドの機能を与えられてからはぐっと広がってしまったが、そうなる前までは我らの住む範囲は今よりずっと狭かったのだそうだ。その狭かった頃の中心地が始まりの地と呼ばれている」
「え、そこはもしかして……」
「うん。転移門のある所だ。もちろん触った事は無いが、さっきここへ来る途中にあったのと同じ、石畳に立つ柱があったのは覚えている。だが、転移門があるのとは別の意味で、始まりの地は多くの龍族にとって重要な場所なのだ」
シウンはそこで一度言葉を切ると、手元に目を向けた。メッセージを見ているらしい。
「まだ続くらしいな。先に分かったところまでマリコ殿に話して、後でまとめて読む方が良さそうだ」
確かにマリコとしても、前提になっていそうな今の話を聞いておかないと理解し辛いような気はする。頷いて先を促した。
「始まりの地の何が重要かというとだな、その辺りには今でもそれなりの数の龍族が住んでいる。つまり、そこへ行けば誰かしらに会えるということなんだ。だから全員とまでは行かないが、かなりの割合の者が時折始まりの地に足を向ける」
「里帰りみたいなものなんですか?」
今一つピンと来なかったマリコがそう聞くと、シウンは微妙に顔を赤らめて口ごもった。しばらく何事かを考えた後、意を決したように口を開く。
「私にとっては里帰りでも間違いではないんだが、出会いの場でもあるんだ」
「出会い?」
「我らは普段散らばって暮らしていると言ったろう? 最初は親と兄弟くらいしか知らないんだ。メッセージを送れる相手もな。だが、親兄弟を番う相手にする訳にはいかぬだろう?」
「それはまあ、そうですね」
「それでだ。成人した者が独立して暮らしていれば番う相手に出会えるかというと、これが難しいんだ。何せ距離が離れているから。だから、積極的に番う相手を探そうとする者は始まりの地に向かう。運が良ければ同じ事を考えている者に出会えるし、そうでなくとも、その近くに住んでいる者と情報のやりとりができるからな」
「ああ、それで出会いの場ですか。じゃあ、シウンさんも……」
「違う! 私はまだ結婚など考えてはいない! ……オホン、失礼した。それでだな、そうやって相手を見つけた場合、子供ができてある程度大きくなるまで始まりの地に留まる者が結構居るのだそうだ。近くに相談できる者が居るということになるからな。爺様もそうだったし、私の親もそうだった。コウノのところもだ。だから始まりの地は私やコウノの生まれ故郷でもあるんだ」
「なるほど、そういうことだったんですか」
人に紛れて暮らしていたツルギが結婚を考えて龍の領域に戻ったという話は、本人に聞いたのでマリコも知っている。始まりの地で相手を見つけたということなのだろう。
「それで……あ、メッセージが途切れたようだ。話の続きの前にこちらを読んでよろしいか」
「それはもちろん」
マリコに断りを入れたシウンは、何通にも跨るらしいメッセージを読み始めた。指先を動かして操作しながら、時折頷いたり唸ったりしている。しばらくそうした後、どうやら読み終えたらしく顔を上げた。
「これは先ほどの話の続きが関係しているな。そちらを先に話しても?」
その方が分かりやすいのならマリコにも否やは無い。マリコが頷くとシウンはではと口を開く。
「私のように始まりの地を生まれ故郷とする者も多いのだが、終焉の地とする者も多いのだ。マリコ殿と出あった時、爺様がどういう状態だったか覚えておられるか」
「二度童、ですよね」
元の世界で言うところの認知症である。治ったということも含めて、流石に忘れられるものではない。マリコの返事にシウンは頷いた。
「ああいう状態になった者なども、始まりの地に来るあるいは連れて来られることが多いのだ。子供の場合と同じで直接面倒を見るのは家族や親族だが、何かの時には助言や手伝いを受けやすいからな。爺様もその一人で、始めはそこに居たのだ」
症状が進んでひたすら西を目指し始めたのだという。そのお世話係としてついてきたのがシウンとコウノである。
「最早生きては会えぬと思われていたその爺様が戻って来た。しかもほとんど治って。大騒ぎになったらしい。数は多くないが近い具合の人も居るし、先の事を考えれば他人事ではないからな。どうやって治ったか問われて、だんまりという訳にもいかなかったようだ」
「それじゃあ、転移門を使うというのは……」
「マリコ殿のような、回復系魔法の遣い手に来て欲しい。あるいは教えて欲しいということのようだ。龍族にはまずいないからな。主だった方々が集まって、転移門についてこれまでの経緯を曲げても構わぬという方向に向かっているそうだ」
「でもそれは……」
「ああ、私には分かっている。この三日の間にいろんな人から話を聞いたからな。これはマリコ殿に来てくれと言っているのに等しいのだろう」
「……多分」
これが飛んであるいは歩いて来てくれと言われたのなら受けようもないだろうが、転移門が使えるのならどうだろうか。どちらにせよ治療だけで済む話にはならないだろう。戻ったら相談だなあとマリコは思った。
今度は龍に拝まれそうなマリコさん(笑)。
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