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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第六章 メイド(仮)さんの奔走
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412 ドラゴンの生活入門 4

 斜めに飛び上がった二人が左右から伸び茂った枝の間を抜けて木々の上に出ると、途端に視界が開けた。


「おおー」


 シウンは木の高さを少し越えたところで上昇を止め、その首につかまったまま、マリコは感嘆の声を上げた。羽ばたきは続いているもののさして早くもなく、筋肉が躍動しているのがシウンの腕を通じて感じられるが、揺れや振動はほとんど無い。


 頭上は青空で、下に目を向ければ今までいた森が山の斜面に沿って前へ、そして上へと続いているのが見える。山と言ってもまだ裾野に近いこの辺りに生えているのは広葉樹が多く、モコモコしたそれらが並ぶ様子は、何となく茹でて小分けしたブロッコリーを思わせる。それが駆け足ほどの速さで足の下を流れていく。


 地面から離れてブラブラしている足の裏が少しヒヤリとした感覚を伝えてくるものの、マリコを抱えるシウンの腕は力強く、思いの外恐怖は感じなかった。中間形態(ミディアムモード)になったシウンの筋力は、龍の姿の時にこそ及ばないものの人の平均よりは遥かに高いのだ。


「これが、飛ぶ感覚……」


 マリコは誰にという訳でもなくつぶやいた。かつて飛行機に乗った時の記憶とも丸で違う。普通の旅客機に乗る感覚は、新幹線に乗るのとあまり変わらなかった。窓から外を見れば空を飛んでいるというのは分かるのだが、外界と遮断されているせいで実感が薄いのだ。飛んでいるんだなと思えるのは、上昇や下降の時の浮遊感と離着陸時の衝撃があるからこそだろう。


 しかし今は。頬に当たる風が、それに含まれた森の匂いが、足元を流れる景色が、「お前は飛んでいるんだぞ」と訴えかけてくる。高さだけで言えば、まだ宿の物見台の方が高いだろう。それでもマリコは確かに、飛んでいることを実感していた。


「それでは、そろそろ少し速度を上げる」


 思いを巡らせていたマリコにくっつきそうな至近にある顔を向けてそう言うと、シウンは翼を改めて大きく羽ばたかせた。マリコは自分の身体がぐんとシウンに押し付けられるような力を感じる。同時に足の下に見えている流れが速くなった。


 それを見て、それでもまだ精々時速数十キロというところだろうと考えたところで、マリコはあれっと思った。スピードは上がっているはずなのに、顔や身体に感じる風圧はさっきまでと変わらないのだ。シウンの頭に目を向けると、やはり走っている時程度にしか髪がたなびいていない。


「これ、どういう仕組みになってるんですか」


 何故本来なら曝されるであろう風を受けずに飛べるのか。そもそも碌に羽ばたきもせずにどうして飛んでいられるのか。シウンに抱かれて飛び続けながら、マリコは(ドラゴン)の飛行についての疑問を口にした。


「うーん……」


 シウンは頭を傾けてそこを掻こうとし、両手が塞がっていて無理だということに気が付いて低い唸り声を上げた。


「知っているなら教えてあげられるのだが、実のところあまり詳しくは知らんのだ」


「は?」


 思わず、マリコの目が点になる。今まさに飛んでいるのに、その理屈を知らないとはどういうことなのか。


「そんな呆れた顔をしないでいただきたい。私個人が無知故に知らないというわけではない。理屈など知らずとも、我ら龍族は飛べるのだ」


 慌てて首を振ったシウンは自分の知るところをポツポツと話した。それによると、(ドラゴン)は生まれてしばらく経ち、自分の足で立って歩けるようになると、次に飛ぶことを覚えるのだそうだ。効率的な飛び方や空中での有効な機動などは後から親や周囲の者にも教わるが、立って歩くのを覚えるのと同じ様に飛ぶこと自体は割と自然に身に付けるのだと言う。


「人族とて、自分がどのような理屈で歩いているか、など普段は考えぬだろう?」


「それはまあ、そうですね」


 言われてみれば当たり前のようにも聞こえる。駆け回る子供がいちいち歩く方法など考えているはずもない。大人であっても同じだ。何となくでやっている。


「ただ、飛ぶのに何が必要か、飛んでいる時何が起きているかというのは、皆経験的に知っている。飛ぶには翼と魔力が必要で、飛んでいる時には防護(プロテクション)を掛けたのに近い状態になる」


 その防護(プロテクション)に似た状態が無ければ、速度が上がった時に呼吸が困難になるのだそうだ。これは空中でぶつかってくる物もある程度防ぎ、万が一墜落することになった時には落下ダメージも若干減らしてくれるのだという。


 翼やしっぽは基本的に飛ぶ方向を決めるのに使い、飛ぶには魔力を使う。スピードを上げれば魔力の消費も増えるので、飛んでいられる時間は短くなる。故に長距離の飛行は無理に急いではいけない。などなど、シウンは自分が知っている事を教えてくれた。


(飛ぶ事自体が魔法の一つみたいですねえ。それにしてもこれはどこか……)


「結構離れたし、そろそろいいだろう。降りるぞ、マリコ殿」


 話してくれた事について考えていたマリコに、シウンの声が掛かる。離陸時とは違って一旦ホバリング――空中で静止――したシウンは、木が無く少し開けた場所にゆっくりと降下していった。下を見ていたマリコは、そこに見覚えのある物を発見する。着地してようやく地面に下ろしてもらえたマリコはそれに近付いた。


「お風呂とトイレ……」


「ああ、ここまで来れば、流石に見られる心配はないだろう」


「尾根を一つ越えたのには気が付いてましたけど……」


 上空から見た地形で位置を知るなど、今のマリコにできる訳も無かった。もちろん、風呂場は外側だけで中身が無く、トイレにも扉代わりの布が架かっていない。そこはほんの数日前にバルトたちと野営した所の一つだった。ここからナザールの里まで帰るのに一日以上掛かった場所である。それが今日は、放牧場からここまで一時間と掛かっていない。


「やっぱり飛ぶのは反則ですねえ」


 胸の目立つセーターを着て胸を張るシウンを前に、マリコは密かにつぶやいた。

自分の事は棚に上げます(笑)。


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