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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第六章 メイド(仮)さんの奔走
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411 ドラゴンの生活入門 3

 緑のカーペットを広げたような放牧場をマリコとシウンはトコトコと歩いていく。ここをバルトたちと反対向きに歩いたのはほんの数日前のことで、場所によって草が伸びていたり逆に食べられて短くなっていたりする以外には特に変わったところは無かった。


 途中、マリコたちに気付いたらしい犬が――前にも出会った黒いゲナーである――駆け寄って来て、長い顔を揺すってふんふんと匂いを嗅いでくる。マリコがわしわしと頭を撫でてやると嬉しそうにしっぽを振って、じきに牛たちの方へ戻って行った。


「今回は怖がられませんでしたね」


 マリコはシウンを振り返ったが、シウンは相変わらず「よく分からん」という顔をする。放牧場の動物たちも、向こうから近づいてくることも無いが、側を通っても逃げるわけでもない。シウンが気配を抑えるのが上手くなったのか、里の匂いに馴染んだせいで警戒されなくなったのかは分からないが、ともあれ二人は何事も無く放牧場の端に着いた。


 振り返って見れば、既にナザールの里は山の斜面に隠れて見えず、柵を乗り越えればそこから先は森である。二人はバルトの(パーティー)が付けた小道をしばらくそのまま進み、少し拓けた所で足を止めた。


「この辺まで来れば大丈夫だろうか」


「とりあえず、見られることは無さそうですね」


「うん。ならば……、形態変更(モードチェンジ)!」


 掛け声と共にシウンが虹色の光に包まれた。光がすぐに消えないのは、中でメイド服を脱いでいるからである。少しして光が消えると、そこには例の「ニュービーキラー」を着て翼としっぽを生やしたシウンが立っていた。袖が無く背中が大きく開いたお色気ネタ装備も、今のシウンが着ているとそれほどエロくは見えない。だが、ニット地が身体にピタリとフィットしている分、それを押し上げる山脈の存在感が強調されていた。


「ふむ。高々三日ほどだが、結構久しぶりに思えるな」


 背中から生えた翼を広げてゆっくりと羽ばたかせたり、しっぽを上下左右に振ったりしながらシウンが言う。マリコには本来あるはずの身体の一部が無い状態というものを理解するのが難しい。シウンの身体の動きに追従して揺れる部分を何となく目で追いながらマリコは思った。


(猫耳としっぽを生やしたまま何日か過ごして、それから戻してみる。みたいなことをすれば分かるでしょうか。まあ、本当にやるわけにもいきませんけど)


 女神の部屋でならともかく、ナザールの里に居る時にマリコが猫耳を生やしたら大騒ぎになるだろう。かと言って女神の所だと、神罰じゃなと指をわきわきさせながらにじり寄って来るのが居るので、やはり難しそうだ。そんなあまり現実的ではない想像に浸っていたマリコを「さて」というシウンの声が現実に引き戻した。


「ちょっとそこらを飛んでみる」


 シウンはそう言うと、翼を広げて膝をたわめた。ふんと地面を蹴ると同時に翼がバサリと空気を叩く。それだけでシウンの身体はマリコの頭の高さを越えて浮かび上がり、もう一度羽ばたくと周りの木の天辺の高さまで届いていた。さらに羽ばたきながら一旦その場で滞空するシウンを、マリコは身体を反らして見上げる。


(やっぱり、羽ばたきだけで飛んでいる訳ではなさそうですねえ)


 シウンの翼は腕と同じくらいの長さしかない。それでホバリングをしようとするなら、もっと素早く羽ばたき続けなければならないだろう。そう考えながら見上げているとシウンがマリコに向かって軽く手を振った。マリコが手を振り返すとシウンは頷いて飛び始めた。マリコの頭上で徐々に半径を大きくしながら旋回しつつ、さらに高度を上げていく。


 白いセーターを着込んだ白銀の翼が青空を舞う。鱗が陽の光を反射するのか、時折翼やしっぽがキラリと光って見えた。マリコは額に手の平をかざしてシウンの動きを追った。スピードは大して速くない。普通の鳥と変わらないように見える。


 シウンはゆっくりと上昇しては滑空するように降下したり、少し離れては一直線に飛んだりといったことをしばらく繰り返した。意外とゆったりした動きに見えるそれは、恐らく準備運動か慣らし運転なのだろう。マリコがそう思いながら見上げていると、やがてシウンが戻って来て目の前に降り立った。


「もうおしまい、じゃありませんよね?」


「無論だ。今のではほんの肩慣らしにしかならない。それでだ。もう少し奥へ行こうと思う」


「奥?」


「ああ。上がってみると、すぐ向こうに放牧場が見えていた。牛や羊はのん気に草を食んでいたが、流石に犬たちは気が付いたようでこっちを見ていた」


 シウンは放牧場の方を指差しながらそう言った。地上ではもう木々に遮られて見えないが、空からならまだ見えるようだ。


「この姿でもそれなりに飛べはするが、本気を出すなら(ドラゴン)の姿の方がいいんだ。だが、ここでやると多分、あいつらが大騒ぎになる」


「あー」


 考えるまでもなく納得できた。クマや灰色オオカミ(グレイウルフ)でさえ逃げ出すのだ。ここに(ドラゴン)が現れたら、放牧場はパニックになるだろう。それは困る。


「分かりました。それじゃ移動しましょう。シウンさんはそのまま飛んで行きますよね? 私は後から追いかけますから先に行っててください」


 道なりに進むのなら迷うことは無い。シウンには飛んでいてもらって、自分はヤシマでも呼んで乗っていけばいいのだ。マリコがそう思っているとシウンが「いや」と手を上げて待ったを掛けた。


「そんなことをせずとも、一緒に行けばいいのだ」


「え!? でも歩いて行ったら時間が……」


「いやいや、歩いたりはしない。この姿でもマリコ殿を運ぶ位は余裕だ。だから、ほら」


「ええっ?」


 シウンはそう言うと両腕を前に出して広げた。マリコからするとシウンの元は騎龍である。乗せてくれるというのなら乗ってみたいとは思う。だが、今の中間形態(ミディアムモード)でというのは想定外だった。翼の邪魔になるので背負ってもらうのは無理だろうと思っていたのだ。だが、今のシウンの姿勢が示すものは。


「私の首につかまっていてくれれば十分安定する。問題無い」


「い、いや、それは……」


「マリコ殿だけ地面を走らせるのは申し訳ないし、時間も掛かるだろう。さあ」


 大きく一歩踏み込んだシウンは、マリコの手を取ると自分の首に絡ませ、肩に右手を掛けて横向きに引き寄せる。互いの顔が触れ合わんばかりに近付き、こちらは触れ合ってしまったマリコの左胸とシウンの右胸が、むぎゅっと押し合って形を変えた。さらにシウンの右手はマリコの背中へと下がる。


「では、行くぞ、マリコ殿」


「や、待って。これは……わっ!」


 シウンの身体が沈んだと思うと同時に膝裏を掬い上げられ、マリコの足の裏が地面から離れる。後ろに倒れ込みそうな感覚に、マリコは反射的にシウンの首っ玉にしがみついた。これで準備完了と、すかさずシウンが地を蹴って羽ばたく。


 マリコはこの世界で目覚めて以来、初めて空を飛んだ。

お姫様だっこされて(笑)。


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