408 猫耳女神の理由 2
「そこまでややこしいことでもなかろう?」
女神はそう言うと、傍らにあったクッションにぽすんともたれ掛かった。西洋画によくある美人画のようなポーズだが、見た目が見た目なので色っぽいというより可愛らしい。持ち上げたしっぽを腰の上でくねくねさせた後、その先を指示棒のようにマリコに向けた。
「さっきの話じゃと、おぬしらはシウンに人の姿のまま過ごさせておるのじゃろう? それは何故じゃ」
「ええと、それは……」
マリコは思い出しながら話していく。それはシウンを連れ帰った時に、タリアやエイブラムと相談して決めた事だった。いくら話ができるといっても龍の大きさと姿はインパクトがあり過ぎるのだ。
そして人とは、どうしたってまずは見た目で判断する生き物なのである。嗅覚や聴覚に比べて視覚の能力が高いせいでもあるだろうが、初見であればそれ以外に情報が無いに等しいのだから仕方が無い。ましてや、何を考えているかなど分かろうはずも無い。
だからまずはシウンの人となりを知ってもらおうとしたのだ。そうすれば、龍という存在が変に恐れられることも誤解されることも、無くなりはしないかも知れないが相当減らせるだろう。そう考えたのだと、そこまで話したところでマリコはあれっと首を傾げた。
「ふむ、気が付いたかの」
「えー、多分」
マリコやタリアたちがシウンと里の皆にしていることと、女神が龍や人にしてきたことは、規模が違うだけで目的が同じなのだ。つまりは対立や敵対を避けるため。
「ほれ、それほどややこしい事でもないじゃろうが。似たようなもんじゃろ」
女神は得意気にころりと仰向けに転がると、頭の後ろで両手を組んでマリコの方に顔を向けた。またどこかで見たような構図である。ただ、やはり少々小さい。
「似たようなで済ませられる話でもないと思いますけど」
「そこはできることの違いから来るところじゃの。見た目や考え方が違うほど分かり合うのは難しいじゃろ? それは逆に言えば、それらが近いほど分かり合いやすいということじゃ。わしはその違いを、元の設定よりちょこっと縮めてやったに過ぎん」
「設定って、またそういう身も蓋も無い事を言う」
「無理に仰々しく飾っても仕方ないからの。おぬしには分かりやすくていいじゃろう。それで、そのおぬしらの作戦はうまく行きそうなんじゃな?」
「作戦……。まあ、今のところは」
龍族の常識と人族の常識は、もちろん違うところがあるだろう。しかし、シウンはそこに差がある事を知っていて、その上で人族側に合わせた行動をとってくれている。タリアやエイブラムが動いていることもあり、このまま行けばそう遠くない内にシウンの正体を明かす日が来るだろうとマリコには思えた。
「やれやれ、これで長年の問題がやっと解決しそうじゃのう」
「長年の問題?」
「おう。転移門を作ってあちこちを繋げたというのに、龍の連中だけが浮いておったからの」
神話によると、かつて各地で暮らしていた四つの部族は、転移門が与えられたことで互いに行き来するようになった。しかし、猫耳女神の言い様とツルギから聞いた話を合わせて考えると、本当なら五つの部族が出会うはずだったのだろう。マリコがそれについて聞くと女神は頷いた。
「まさか、自前の翼があるから転移門なぞ使わん、などと言い出すとは思うておらなんだからの。裏技で変り種を何人か行き来させて、なんとか最低限、習慣や常識が違うということを知る者を作ることができたくらいじゃ。後はそう、おぬしがさっき言っておった、メッセージ機能くらいかの」
「ああ、そうですよ! あれ、何だって龍の人たちは使えるんですか」
「うむ。簡単に言えば、行動範囲を広げてやるためじゃな。連中がおった所だけ、他の者が住んでおる場所からやたらと離れておったからの。ああでもせんといつまで経っても他の連中に出会わんと思うたのじゃ。それでも今まで掛かったんじゃがな。他の問題も起きてしもうたし……」
「他の問題?」
「連絡が取れるから、というので散らばり過ぎてしもうたのじゃ」
「ああ」
集団生活をしないという、龍の特徴として聞いた話はどうやらこれに起因するようである。
「身体の大きさと食料の問題もある故、元々大人数が固まって暮らすのにはあまり向かんかったのじゃが、拍車を掛けてしもうての」
女神は半ば横たわったまま頭を掻いた後、何かに気付いたように猫耳をぴくりと動かした。
「ああそうじゃ、思い出した。おぬしに聞こうと思うておったのじゃ」
「何をですか」
「そのメッセージ機能のことじゃ。現状では、あれを使える者は限られておる。龍が散らばり過ぎたように、そこから派生する問題も無いではない。これらを踏まえた上で、おぬしの意見を聞きたい。この機能を全員に解放すべきか否か」
「私の意見ですか。どうして、と聞いても?」
「わしの立場では見えぬものを、今のおぬしは見ておる。じゃから、その位置からの意見が欲しい。もちろん、答えたからと言うて今すぐその通りにするわけではないからの」
マリコは黙り込んだ。メッセージを飛ばす機能はゲームの時と同じく、フレンド登録とセットである。登録された者同士でないと送れない。しかし、まともな通信手段がまだ無いこの世界においては革命的なものと受け取られるだろう。正に神の力である。それがあることによる不都合や問題もいくつかはすぐに思い浮かぶ。だが、しかし。
「解放する方がいいと思います」
「今度はこちらが何故と聞いてよいかの?」
「あれがあれば、失われずに済む命が少なからずあります」
マリコは即答した。恋愛感情云々は置いて、バルトとの件で痛感した事である。フレンドとメッセージの機能があれば、何かあった時に助けを呼べる。探しにも行ける。その価値は諸々の不都合を抱えることになってもなお余りあると思えた。
「なるほどの。参考にさせてもらう」
この夜の二人の話はこれで概ね終わった。シウンを含めた龍とのこれからは人々の手に委ねられることになりそうだ。もちろん、あんまりな状態になるようなら女神は何かしてくるだろうが、そんなことにはならないのではないかとマリコには思える。
なお、最後にマリコが聞いた、シウンとの勝負の意味について女神は「フレンドと認める条件が強さであっただけではないのかの? そういう奴が一杯おるじゃろう」という、心温まる返事をくれた。
切り所に迷って延々と続いてきましたが、とりあえず一区切りっぽい所に来ましたので、今回で第五章終了ということにしたいと思います。
次回、新章開始で何が変わるという訳でもないのですが(汗)。
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