405 最前線の先から来たりし者 10
朝練を終え、お風呂で軽く汗を流した後は宿の仕事が始まる。マリコとミランダにはいつもの事だが、シウンにとっては初仕事どころか、うっかりすると生まれて初めて体験することがちょくちょく混ざっていたりする。タリアからもフォローを頼まれているが、それが無くとも二人とも放っておくつもりはなかった。
成り行きとは言え、ナザールの宿の住み込み女中という同じ立場の後輩になってしまったし、正体が龍であることも知っている。そもそもマリコたちが連れてきてしまったという部分もあるので、放置などできる訳が無い。シウン本人はというと何をするのも楽しそうで、ぬるま湯の朝風呂もこれはこれでと気に入ったようである。
朝食時、シウンは昨日に引き続いてミランダに連れられ、フロアでの仕事を何とか無事に切り抜けた。食事に関する事はバルト一行と宿まで戻って来る間に最低限は経験しているので、「これが皿というものか」みたいなことにはならずに済んでいる。今後はマリコが来た時のように、各所を一通り回ってみることになっているが、それもマリコかミランダが一緒にということになっていた。
混雑する時間帯を乗り切ったところで、三人は宿を出てシウンの買物に向かった。私物をほとんど持っていないので一から買い揃えなければならないところまでマリコと同じである。何が必要かさえ分かっていないという意味ではマリコよりひどいかも知れない。まずは雑貨屋に入ってお風呂用品を始めとした日用品を買い込む。しかし、雑貨屋は守備範囲が広い分、シウンが知らない物もたくさん扱っており、「これは何?」という問いが頻発して予定よりかなり余計に時間が掛かった。
◇
「この娘は背丈以外はマリコさんとほとんど変わらないね。で、背丈はミランダさんと同じ」
着付け部屋から出てきたケーラは記録用紙とメジャーを手にしたまま言った。次にやってきた服屋である。マリコの予備下着で問題なかったので概ね分かっていたことだが、やはり同サイズだったようだ。ケーラの言葉にミランダが眉をちょっと上げたが、口に出しては何も言わなかった。じきに服を着直したシウンも出てくる。
「ええと、じゃあ、合うサイズのやつ、ありますか」
マリコは聞いた。初めてここで買物をした時には在庫が少なくて選ぶ余地が無かったのである。
「ええ、今はあるわよ。ここのところ、人が増えたからねえ。在庫も多めに置くようにしてるのよ。あ、そうだ、マリコさん。注文の、揃ってるわよ」
「え、来てるんですか。じゃあ、それは頂いていきます」
マリコが頼んであったのは紐ではないブラとパンツである。紐パンにも慣れはしたが、獲物の売り上げや修復の礼金などで懐に余裕ができたので注文してあったのだ。出掛けている間にできていたらしい。シウンはケーラが出してきてくれた箱からいくつか選んだ後、マリコの例に倣って自分も紐ではないやつを注文した。シウンには始めからある程度資金があるのだ。
続いて靴や靴下の替え、サンダル、寝巻きと揃えて、最後に服選びに移った。ケーラが出してくれた数着の服――基本的にスカートである――を前にシウンは唸る。
「やはりマリコ殿に頂いたこれと比べると……」
「それは仕方ないぞ、シウン殿。マリコ殿のそれは別格だ。普通の服というのはそこまで頑丈にはできておらぬ」
「ふむ」
シウンは顔を上げると、自分の前だけでなく、店内の各所に並べられている他の服にも目を向けた。近付いて撫でてみたりと何着か確認してなるほどと頷く。実物を多数見たことで、ようやくこちらが普通なのだと納得したらしい。
「それでは、これとこれを」
シウンは割とシンプルな作りのワンピースを二枚選び出した。どちらも夏らしい、半袖で裾も短めの物である。色は赤基調の物と黄色基調の物。その後、マリコとミランダの方へ顔を寄せて小声で言う。
「後は、できれば中間形態で着られるような物があればいいのだが、あるだろうか」
「中間形態、ですか」
「つば……いや、背中が開いていないといけないのか」
マリコとミランダは首を捻った。流石にそんな服は見た覚えが無い。翼としっぽが出せる形、と言う訳にもいかないので、そういった肩から腰までが出るようなデザインとケーラに説明する。今度はケーラが首を捻ることになった。
「もっと大きな街で探せばあるかも知れないけどね。ここでそこまで奇抜なのは今は扱っていないよ」
ブラのサイズの話と似たようなもので、需要が低すぎるということなのだろう。大流行でもすれば別だろうけど、というケーラの話は至極真っ当なものだった。
とりあえず、買える物を買って店を出る。そこで、何事か考えていたらしいマリコが口を開いた。
「一度、部屋に帰りませんか」
「どうなされた」
ミランダが聞き返す。一応買うべき物は買ったので、帰っても問題はない。
「さっき言ってた服に、少し心当たりはあるんですが」
「部屋に置いておられる?」
「ええと、まあ」
それならばと、一行は戻ることにした。店と言っても、宿の門から大して遠くもない。ものの数分でマリコの部屋に着いた。
「えー、これなんですけど」
マリコはアイテムストレージから取り出した物を二人に見せる。部屋に置いてあったのではなく、外で出したくなかったのである。白いセーターのようなそれはゲーム内で手に入れてアイテムストレージごと再現された物だった。
「おお、これは良さそうだ。着てみてもいいだろうか」
「ええ、それは、構いませんが」
マリコが答えると、シウンは早速着ている物を脱ぎ始めた。一応女ばかりである上に、シウンには裸が恥ずかしいという感覚が薄いので躊躇が無い。
「え、ちょっとちょっと!」
「シ、シウン殿!?」
つい見ていた二人が声を上げる。シウンは服どころか下着まで脱ぎ捨てたからである。だが、シウンは中間形態になると言っていた。中間形態になれば一緒にビキニアーマーが現れるので確かに下着は不要なのだろう。いつもなら形態変更中の虹色の光に隠されている着替えが見えてしまっているのだ。
「で、よっと!」
脱ぎ切ったシウンは特に気にした様子も無く、マリコに渡された服をさっさと被る。それは分類で言えばタートルネックのセーターということになるのだろうか。丈は太股の半ば辺りまで。しかし、袖と背中が無かった。
「お二方、どうだろうか」
シウンはその場でくるりと回って見せる。前はまだいい。しかし、後ろはタートルネックと裾の間に何も無い。背中が丸ごと、おしりの近くまで見えていた。驚きに目を見開いたミランダが、ギギギと音を立てそうな動きでマリコの方を向いた。
「マリコ殿、貴殿がこれを着ておられたのか……」
「え!? い、いや、違います! これは違うんです!」
これはいわゆるセクシー系のネタ装備で、「ニュービーキラー」と呼ばれていた物である。着ていたのはゲーム内の「マリコ」であって自分ではないのだ。しかし、それをどうやってミランダに納得させればいいのか。焦るマリコの耳にシウンの声が響いた。
「形態変更!」
着替え時間が無い分なのだろう、溢れた虹色の光はじきに治まった。中間形態となったシウンが、再び「どうだ」と回ってみせる。大きく開いた背中からは翼が広がり、しっぽも測ったようにきちんと出ている。
若干腰の辺りが開き過ぎな感じはあるものの、この服は中間形態にとてもよく似合っていた。
あのセーター、ドラゴン娘には似合うだろうなあって思ってたんです(笑)。
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