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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第二章 メイド(仮)さんの一日
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041 厨房の攻防 8

ようやくマリコがこの地に立ってから丸一日が経過しました。なんという亀進行……。

お付き合い下さっている方々、ありがとうございます。

 宿屋の食堂は一日中ずっと営業しているわけではない。朝昼夕にそれぞれ食事を供する時間帯――現代日本風に言うならモーニング、ランチタイム、ディナータイム――が設けられていた。


 もちろん、建物自体は宿屋の業務があるので深夜以外は開かれている。しかし、元より数十戸しかない村レベルの里であり、当然ながら住民の大半は普段自分の家で食事を摂る。転移門があるとは言え、未開の地が広がるだけの最前線(フロンティア)であるがゆえに、普通の旅行者が訪れることもあまりない。


 要するに、客がいないのにずっと店を開けても意味が無い、ということである。


 ◇


 今日の定食が売り切れるという珍しい事態に、今日のランチタイムは早仕舞いになるかと思われた。しかし、から揚げ目当ての若い衆が肩を落として帰っていった後、マリコが一息ついていると、隅の席で黙って騒ぎを見守っていた数人が腰を上げてカウンターへとやってきた。


「サニアちゃん、何かできるかね。わしら、さっきの騒ぎで喰いっぱぐれちまってね」


「あら、それはご迷惑をお掛けしました。マリコさん、どう?」


「切れたのはから揚げだけですから、手羽先やササミはあります。大丈夫です」


 振り返って聞いたサニアに、マリコは材料やつけ合わせを確認して答えた。やってきた男女はタリアよりさらに上の年代――少なくとも六十代以上――に見えたが、年齢による衰えは見えず現役の雰囲気をまとっていた。サニアが「ちゃんづけ」されるのも無理はない。


「マリコさんというのかね。じゃあ、それで頼むよ」


「はい、マリコと申します。よろしくお願いします」


 手羽先はから揚げと同じ醤油に漬けてあり、ササミは筋だけ取って置いてある。マリコは手羽先は揚げて、ササミは焼くことにした。切り開いたササミを叩いて広げ、塩コショウした後、細切りチーズを巻き込んで小麦粉をまぶしてフライパンで焼いていく。ついでに、賄いの準備もしておく。こちらはチューリップにした手羽元を漬けてあったので、手羽先と一緒に揚げるだけである。


 ◇


「若い連中が騒いでただけあってうまいもんだな」


「この味は確かにビールが欲しくなるわね」


「大きな街の店でもやっていけるんじゃないかね」


「わたしゃ、わざわざ柔らかい物を出してこなかったとこが気に入ったがね」


「それにしても、若いもんはせっかちよのう」


「本当に腕がいいなら、無理にから揚げでなくたっておいしいに決まっとるからな」


 年配の一団は、賛辞と批評の入り混じった話を楽しそうにしながら、ビールを飲み、変則版今日の定食に舌鼓を打って帰っていった。


 ◇


「今のはどういう方達だったんですか?」


「え? ああ、あれはね、ここの門が見つかった時に一番にやってきた開拓者(パイオニア)達よ。今は皆、半分ご隠居様だけどね」


 彼らを見送った後、マリコが発した質問にサニアはそう答えた。


(新たな門が見つかったら、まず宿屋を建てて、そこを拠点に開拓を進めていくんだったよな。ああ、なるほど。言ってみればここのOB・OGなのか。そりゃいろいろとよく分かってるわけだ)


「今はそれぞれ家を建ててそこに住んでるけど、私が小さかった頃は、まだ皆ここに居たわね。もちろん、ここも今よりもっと小さかったけど、宿の仕事も一緒に手伝ってくれた人ばっかりよ。あの人達も、命の日のいつもの顔ぶれなのよ」


 続くサニアの言葉に、マリコは自分の推測が概ね間違っていないことを確信した。彼らは知っているのだ。


 から揚げの追加注文が多かったから、その分ごはんやスープが残っているのを知っている。から揚げが尽きたからといって全ての材料が無くなったわけではない事も知っている。料理人の腕を確かめるなら、から揚げにこだわる必要がない事も知っている。だから、騒ぎが収まるのを黙って待っていた。


(様子見がてら実家にご飯を食べに帰って来てるって感じだな、あれは。これ、もしかすると、何かで私達が詰みそうになったら黙って手を貸して後でお小言、っていうパターンなんじゃないだろうか)


「今日は夕方にも、ああいった方々がいらっしゃるんじゃないんですか?」


「あら、よく分かったわね。何人か来ると思うわよ」


 何気なさを装って聞いたマリコに返ってきたサニアの答えは、マリコの予想を裏付けるものだった。


(多分、命の日が人数的に手薄になるのも分かってて見に来てるな。予備役部隊というか、見守る会だな、きっと)


 何となく胸に温かいものを感じながら、マリコは賄いの準備とディナータイムにも作ることになったから揚げの仕込みに戻った。


 やがて、賄いの支度ができたところでタリアとエリーも呼ばれ、昼食となった。カウンター近くのテーブルを囲んで皆で食べる。割と残る部位だからと賄いに回された手羽元でマリコが作ったチューリップのから揚げは好評だった。エリーはジュリアの予言どおり「酒をくれ」と発言して皆に笑われ、何で笑われたのかが分からずに首をひねっていた。


「この分だと今夜は忙しくなりそうね」


「なに、マリコ殿なら楽勝であろう」


 食後、お茶を飲みながらサニアが言った一言に、なぜかミランダが自信たっぷりに答えた。


「ふふ、きっとそうね。じゃあ、マリコさん、夕方もお願いね」


「はい」


「あと、すぐじゃなくてもいいから、今日作った物のレシピを書き出しておいてもらえるかしら。他の娘も作れるようにならないと、きっと困るわよ」


「は、はい……」


(自分でやらかしたこととは言え、宿題までもらっちゃったよ)

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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