395 ドラゴンの謎 9
翌朝、一行は二手に別れてそれぞれの道へと出発することになった。マリコたちは西へ、ツルギたちは東へと向かう。
「じゃあ、何かあったら連絡してね、シウンちゃん」
「ああ、分かった。そちらこそ、爺様を頼む。それとちゃんはやめろ、ちゃんは」
結局、コウノとシウンは行き先を異にする。コウノはツルギと共に戻り、シウンはマリコたちと一緒にナザールの里へ行くことになった。里に着いてから先の事は決まっていない。歩かなければならないならともかく、いざとなれば飛んで帰るという手段があるので、さらに遠くへ行くことも予定が適当であることもシウンに取っては大した問題ではないようだった。
「本当に頂いてしまって構わないのですかな、マリコ様」
「ええ。私は里に戻ればまた手に入れられますから」
「それでは有難く」
「それと様付けは……」
気が付けばマリコを様付きで呼ぶようになっていたツルギが、マリコに頭を下げる。龍の領域に戻るツルギたちに、マリコは自分の湯船をプレゼントしたのだった。ツルギ以上にコウノが風呂を気に入ってしまったということもある。ツルギが言っていた方法――岩風呂を自作する――で入浴することは可能なのだが、どうしても大掛かりにならざるを得ない。
だが、湯船さえあればずっと簡単に風呂に入れる。屋外であることを気にしないのであれば、水を張って下で火を焚けば済む。それに、もし他の龍にも入浴が受け入れられるなら、同じ物を作りたいと考えた時に見本として現物があった方がいいだろうとマリコは考えたのだった。
「それじゃあ、そろそろ出発するぞ」
各々が別れを惜しんだ後、バルトの声に従って総勢八人となった一行は歩き始めた。残る二人、ツルギとコウノは龍の姿に戻って空へと舞い上がる。ツルギは最早ツチノコ体型ではないので飛ぶことにも支障は無い。二人は手を振るマリコたちの頭上で大きく旋回した後、東に向かって飛び去って行った。
◇
「ホアチャア!」
黒く短いスカートの裾を翻して、シウンの蹴りが迫る。摺り足で難なくそれをかわしたマリコはすれ違い様、その肩口に軽く拳を当てた。バランスを崩したシウンは一瞬たたらを踏むが、すぐに持ち直して回り込んだマリコの方へと向き直る。
「大分良くなってきましたね」
「おかげさまでっ! アチャッ!」
礼を述べつつ、シウンは次の一撃を繰り出した。野営の準備が粗方終わり、今は日課になりつつあるシウンの鍛錬時間である。
ツルギたちと別れてから二日が過ぎている。ナザールの里に向かうに当たって皆で話をした結果、里に入る時にはシウンは人型である方がいいだろうということになった。龍の姿は論外であろうし、中間形態でも初めて見る人は十分驚くと思われたからである。
ただこれには、シウンの方があまり慣れていないという問題があった。そのため、帰りがてらにシウンを人型での行動に慣れさせる、あるいは鍛えるのはどうかという意見が出たのである。この辺りもミランダと似たところのあるらしいシウンは、むしろ積極的に「鍛える」というところに喰いついた。体術だけでなく、マリコたちが持っている武器にも興味を示したのである。
時間的にも余裕があった。元々十日あるいは二週間以上掛かるかも知れないという予定で里を出発している。だが、往路に掛かった日数が短かったことと、予想以上に早くシウンたちと接触し、かつほとんど問題無く意思疎通できたことで、帰途に着いた時点でまだ五日しか経っていなかった。
急げば帰路は恐らく二、三日で済む。しかし、一行はこの余裕をシウンと自分たちのためにある程度使おうと決めた。慣れていないと言えば、シウンは人の生活様式にも慣れていないのだ。それも含めて、鍛錬や情報交換をしながら比較的ゆっくり戻ろうということになった。
「ふう。しかしこの人族の服はすごいものだ」
体術の鍛錬が一段落着いたところで、シウンは息を整えつつ、身に着けた服の裾を摘んで言う。膝上丈の黒のワンピースに白いエプロン。頭にはホワイトブリムが載っている。バルトたち一行にはお馴染みの、マリコ謹製メイド服ショートバージョンである。
「いやあ、それを標準だと思わない方がいいよー」
「うん。普通の服じゃない」
その様子を見ていたミカエラとサンドラから、即座に突っ込みが入った。メイド服は帰路の方針が決まった時にマリコから譲られた物である。見た目と性能の点で言えば、マリコの持っている服の中でこれ以上の物は無い。
また、長短の違いこそあれ、マリコを含む女性陣五人が全員メイド服姿であるため、一緒に里に入るならこれ以上目立たない服も無かった。ロングとショートを示された時、動き易そうだとショートを選んだのはシウン自身である。
髪の色も近いことから、結果的にシウンの見た目はかなりミランダに似たものとなった。もちろん違うところはいくつかある。一番の差は猫耳としっぽの存在だが、シウンも中間形態になれば角としっぽが生える。髪はシウンの方が少し長く波打っている。足元はミランダがローファーで、シウンはマリコにもらった編み上げブーツである。
「うぬぬ」
後はミランダが手を当てて唸っているところが相違点であろうか。
「では、ミランダ殿。お願い申す」
ミランダの心中を知ってか知らずか、一休みしたシウンが今度は木刀を手に取った。素手での戦闘しかしてこなかったシウンは、この機会にと武器を使う戦いも身につけようとしている。剣以外に弓や斧にも手を出していた。ものになるかどうかは未知数だが、経験しておいて損はないだろう。
「合い分かった。来られよ!」
剣を握るなら余計な事を考えている場合ではない。ミランダは取り出した木刀を一振りして邪念を振り払った。
男二人にメイドさん六人のパーティー……。
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