394 ドラゴンの謎 8
「ええと、それは先月の灰色オオカミの群れが来たやつ?」
ミカエラが野菜炒めを自分の皿に取りながら聞き、バルトが頷く。
「ああ、それが一番派手で分かりやすいかな。でも多分それだけじゃない。このところ、見回りしてる時にいつもと違うって事が多かっただろう?」
「ああ、そう言えばそうだね」
箸を手にしたまま記憶を探ってミカエラは頷いた。思わぬ場所でクマと遭遇するなど、その辺りで見掛けたことの無かった動物に出会ったり、それまでいたはずの動物がいなかったりといったことである。あちこちであった事を並べて考えてみるとそれが一番多い。
これは見方を変えれば、他から別の動物が移動してきて、そこにいたはずの動物が追いやられたとも言えた。そして、ボスオオカミに率いられた群れがナザールの里までやってきたのもこのパターンに当てはまる。もしマリコたちが撃退できていなかったら、里の皆の方がどこかに避難しなければならなかったかもしれないのだ。
「ツルギさんの食い扶持を確保するのに後の二人がその近くで狩りをする。で、ツルギさん自身はゆっくりだけど移動していた。それもほぼ一直線に西を目指して。目的地は隣の街だったそうだよ」
ここまで聞くとマリコたちにも分かってきた。強力な龍が三頭、大量の獲物を捕食しながら近付いてくる。それは逃げ出すのに十分過ぎる理由だろう。
「じゃあ、あの群れがやってきたのは……」
「ああ、直接なのか、間接的にだったのかまでは分からないけど、ツルギさんたちから逃げたんだと思うんだ」
「間接的?」
「それは例えば、龍から逃げたのはクマで、そのクマが逃げた先で灰色オオカミを追い払った、みたいな場合。まあ、本当にそうかどうかも、そもそもクマが来たからって灰色オオカミの群れが逃げ出すかどうかも分からないけど」
玉突きのようになっていた場合だと、マリコの疑問にバルトは自分の推測を話す。すると、ここまで黙って聞いていたトルステンが手を挙げた。
「何かあるのか、トル」
「うん。その理屈からすると、あのはぐれだって言ってた灰色オオカミもそうだったのかも知れないね」
それはもう二カ月近く前、ちょうどマリコがやってきた頃の話である。里の東、放牧場がある山のすぐ向こう側の山まで灰色オオカミが来ていた。一頭だけだったそれはバルトたちの手で退治されている。
「ああ、タイミング的にはそうかもな。ただまあ、あれがこれの予兆だったとは」
「いや、そうだったとしても、あの時点で龍が近付いてるとか気が付くのは無理だと思うよ?」
落ち込みかけたバルトを、まあまあとトルステンが慰めた。そこでまたそっと手が挙がる。今度はマリコだった。
「とりあえずこれまでの事の原因はそれらしいと分かったのはいいんですが、これからの方はどうするんですか」
「ああ、それも考えないといけない。少なくとも、帰ったらツルギさんたちについても何らかの報告はしなくちゃいけない。だんまりを決め込むわけにはいかないのは分かるだろう?」
「そりゃあ、まあ」
これにはマリコだけでなく、一同揃って頷く。龍というのも衝撃だろうが、人型に変身できて言葉も通じるのだ。新たな部族と出会ったととらえることもできる。そういう意味では、転移門開通時以来の出来事である。黙っているなど、できる訳がなかった。
「問題は、誰がどう報告するかってところだ。ただ、これは俺たちだけでは決められないだろうな」
バルトはそう言うと、もう一つのテーブルに目を向ける。現在人型を取っている三人の龍は、マリコが作った料理を八割方平らげたところだった。
◇
三人が――ついでにバルトたちも――夜食とでも言うべき食事を終えるのを待って、一同は揃って席に着いた。一応真面目な話ということで、酒ではなくお茶が配られる。
「我々の今後の予定、ですか」
バルトからの問いを、ツルギは両手で持ったカップを愛しげに揺らしながら繰り返した。
「昨日までであれば、有って無きようなものと答えたところなのでしょうがな」
二度童で彷徨するツルギとお世話係二人の道行きである。まともな予定など立てようがなかったのだろうと思われる。
「しかし、マリコ様のおかげで私はまた、まともに考えることのできる頭を得られました。求めていた人の世の料理も、これまたマリコ様のおかげで再び味わうことができました。となれば、今の私には急いで前へ進まねばならぬこともありません。逆に、戻らねばならない理由ができました」
「その理由をお聞きしても?」
そう聞いたバルトに、ツルギはカップを置いて姿勢を正した。
「あなた方と我々、双方が住む世界を広げていた以上、いずれ顔を合わせることは明らかだったでしょう。神々がそれを予測し、準備していてくれたからこそ、我らはこのように穏当に出会うことができました。さっきこの二人に聞いたところ、遥か世界の反対側でも、まともに出会うのは最早時間の問題の様子。であれば、私は戻り、同胞たちに報せねばなりません。新たな時代の幕が開いたということを」
「な、なるほど」
ツルギのやや仰々しい言い回しに少々面食らったものの、バルトにもツルギの言い分は理解できた。自分たちと同様に、ツルギたちにも仲間に報せる必要があるのだ。考えてみれば当たり前の話だった。
「では、三人共お帰りになると」
「……さて、それはどうでしょうか」
半ば確認のつもりで聞いたバルトにツルギはそう答え、残る二人、シウンとコウノに目を向けた。
「身体が治ったのを見せるためにも、話をするためにも、私が戻らない訳にはいきますまい。ですが……、さて、お前たちどうするね?」
「私たち?」
「どうする、と言われても」
二人は驚いた様子で顔を見合わせた。これまでは考えたこともなかったが、ある意味、もう一緒に来なくていいと言われたのに等しいのだ。
「自分のしたい方で構わないからの」
「でも、お爺ちゃんを一人で帰らせるなんて……」
「だが、折角マリコ殿の友となったのだから……」
「「え!?」」
「シウンちゃん、帰らないの!?」
「世界を見たいと思わぬのか!?」
意見の食い違いが予想外だったらしく、二人はやいのやいのと言い合いを始めた。
予想外に長引いてしまったドラゴン探索編(?)、ようやく終わりが見えてきました(汗)。
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