393 ドラゴンの謎 7
湯船から上がる時に栓を抜いておき、大体空になったところでブラシで擦って水で流していく。夏が近付きつつある今の時期だと裸のままやっても寒くはなく、むしろ風呂上がりの火照った身体には気持ちがいい。
「これ、冬場は着替えてからだよねえ」
「それはそう。はい、行くよー、よっと」
濯ぎ終えた湯船をミカエラとサンドラは掛け声と共に二人掛かりで持ち上げた。サンドラの豊かなあちこちが揺れ、スレンダーなミカエラはそうでもない。そのままひっくり返して洗い場の壁に立てかける。こうしておけば朝までには大体乾くので、回収はそれからだ。
「あら」
「ちょうどよかったみたいだね」
身支度を済ませた二人が風呂場を出ると、ちょうどもう一つの風呂場から出てきた二人と出くわした。もちろん、トルステンとカリーネである。カリーネに付き合わされたらしいトルステンは暑さが引かないらしく、筋肉の盛り上がった上半身はタンクトップのようなシャツ一枚で、それでも足りずに団扇でパタパタやっている。そこだけ見るともう真夏のようだった。
◇
四人が揃って野営地に向かうと、テーブルの一つにはバルトとミランダが着いており、気付いたバルトがこちらに顔を向けた。
「ああ、来たな。これで全員揃った」
「いえ、バルト。揃ったのはいいんだけど、これどうなってるの」
「あー、それなんだがな……」
代表するようにカリーネが言う。バルトはボリボリと頭を掻いた。ツルギとシウン、それにコウノがもう一つのテーブルに座っている。そこまではまあいい。だが、彼らの前には料理の盛られた皿とカップが並び、野営の時に組んだかまどの前ではマリコがフライパンを振っていた。
「風呂から上がったところで、三人ともが何か食べたいと言い出してな。それならと、マリコ殿があのように対応しておられる」
こちらはカップだけを手にしたミランダが、それを三人の方へ掲げるように持ち上げて見せた。三人が着いたテーブルに会話は無く、ただ咀嚼音と時折美味い美味いという声だけが響いている。補足するようにバルトが続ける。
「今は俺たちと同じような姿になってるが、本来の大きさはあれだろう? どうもさっきの夕飯では足りなかったらしくてな」
「それ、大丈夫なの? あの灰色オオカミの山を考えたら、あんな量じゃ……」
「ああ、そこは俺も気になったんでツルギさんに聞いてみたんだが、流石に元の身体の時ほどの量は食べなくても済むらしい。一通り作ったらマリコ、さんも来るから、ちょっと待っててくれ」
心配そうなカリーネに答えたバルトは、自分の前に置かれたカップを取って傾けた。四人は顔を見合わせると、とりあえず席に着く。それぞれが飲み物を出したりしていると、じきにマリコもやってきた。何故か両手に大きめの皿を持っていて、それをテーブルに下ろして自分も座る。
「お待たせしました。ああ、これは味見用というか、こっちで突く分です。急いだんで焼き物と炒め物だけになっちゃいましたけど」
皿の片方には焼いた肉、もう一方には八宝菜風のあんが掛かった野菜炒めが盛られていた。急いだとは言うがマリコの腕は知られている。皆黙って自分の箸を取り出した。
「それで、話っていうのは何だい? というか、あの三人は呼ばなくていいの?」
肉を一切れ摘み上げながらトルステンが口火を切った。そもそも急いで集まってきたのはバルトが呼んだせいなのだ。
「ああ、あの三人に関する話ではあるんだが今はいい。まずは皆に聞きたい。さっき風呂に入っていなかった時、何か変わったことは無かったか?」
「それは、見張りしてる時ってことかい?」
「そうだ」
聞き直すトルステンにバルトは頷く。六人は顔を見合わせた。風呂に入る頃には辺りはすっかり夜闇に覆われており、そして夜は獣の時間である。まだ皆起きているとはいえ、自分の入浴中以外は周囲に警戒するのが普通であり、それは今夜も同じだった。顔をつき合わせた一同はそれぞれに数瞬考え、揃って首を横に振った。
「特に何も無かった……みたいだよ、皆」
「そうだろうな。じゃあ、少々遠くでもいい、誰か動物の気配を感じた人はいる?」
トルステンが代表して答えると、バルトは次の質問を発した。皆はもう一度顔を見合わせる。そしてまた全員が首を横に振った。
「おかしいと思わなかったか?」
ここまで来ると皆にも流石にバルトの言いたい事が分かってきた。マリコにはまだ経験が少ないが、野営中に動物が近付いてくるというのはそう珍しくはない事なのだ。人の匂いを始めとして、狩った獲物の血の匂いや食事の匂いが動物たちの興味を引く。だからこそ交代で見張りに立つのである。誰かが起きて動いているというだけでも相手が襲ってくる確率は下がるからだ。
もちろん人を警戒して寄ってこない動物もいる。しかし、何も近付いてこないとなるとそれはそれで普通ではない。大抵は何か原因がある。そして今回の場合、原因らしきものと考えた時に一番に挙げられるものがあった。皆の納得したような表情を見回してバルトは頷くとツルギたちの方へちらりと目を向ける。
「あの姿になっていても分かるってことなんだろうな」
龍の気配を感じ取って寄ってこないのだろうとバルトは言う。本気で走ればマリコたちでは追いつけないであろう灰色オオカミも楽々と狩る。しかも一度にあの数である。喰われたくないなら近づかないに限るだろう。
「これについては今晩の見張りで改めて確認できるだろう。ここまではいいか?」
再び皆が頷くのを見てバルトは続ける。
「で、これはさっき風呂でツルギさんに聞いたんだが、あの三人は東から何カ月か掛けてゆっくりとやってきたらしい」
「ツルギさんの世話をしながら」
「そうだ。で、ここから先は推測になるんだが、ここしばらくのナザールの里近くでの騒ぎ、原因はツルギさんなんじゃないかと思うんだ」
どうだろう? とバルトはまた皆の顔を見回した。
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