392 ドラゴンの謎 6
ザブリと水面が大きく揺れ、湯船の内側に当たって音を立てて跳ね返された。
「では、ツルギさんは美味しいご飯を求めて移動していた、ということですか」
「どうもそのようですな。いや、お恥ずかしい」
湯船に浸かったツルギは、洗い場に座って手拭いで身体をこするバルトにそう答えると、お湯から手を突き出してつるりと顔を撫でた。トルステンが先に建てた方の風呂場はいつもの大きさなので二人同時に入るには少々狭い。ツルギが身体を洗い終えて湯船に入ったので、続いてバルトが入ってきたのである。
「となると、西に向かっていたのは……」
「こっちに進めばいずれ街に着ける、と思って進んでいたんですな」
二度童となって正常な思考ができなくなったツルギが、ただひたすら食欲を満たすために彷徨していたという話はバルトも聞いている。しかし、実際には目的地があり、それが人族が住んでいる所だったというのは今初めて耳にすることだった。もっとも、まともな会話が成り立たない状態だったはずなので、これはシウンやコウノも知らない事なのかも知れない。
「確かにもう少し行けば、俺たちが居るナザールの里がありますよ」
「私が人の街に紛れ込んでいた頃にはまだ無かったはずですが、どうもそのようですな」
「え? あ、そうか。里ができて、まだ十年。ということは、ツルギさんが目指していたのは……」
「ええ、我が事ながら、判断力も何も無くしていたようで」
ナザールの里ができるまで「東の最前線」だったのは隣の街である。そこまで行くには、里からまだかなり西に進まなければならない。這い進むだけ、しかもしょっちゅう止まって何かを食べながら、という先ほどまでのツルギのペースだと一体どれだけ掛かっただろうかとバルトは思った。同時に、それに関する疑問がもう一つ頭に浮かぶ。
「……ということは、ここへ来るまでも相当掛かったんじゃありませんか?」
「自分では全く気にしていなかったところですがな、今改めて数えみると数カ月ほど掛けたようですな」
「数カ月……。それはあのシウンさんやコウノさんも一緒にですか」
「そうですな。あの二人には苦労を掛けてしまいました」
「……」
ツルギの返事を聞いたバルトは、黙って何事かを考え込んだ。
◇
「ううーん……。皆が揃ったら話がしたいから、できれば早めに上がってくれって、何だろうね?」
両腕を上げて伸びをしながらミカエラが言う。パチャンと腕を下ろすと引き伸ばされてやや平らになっていた胸が丸みを取り戻した。
「ボクには見当が付かない。んー、いや逆かな。話しとかなくちゃいけなさそうな事が多過ぎる感じ?」
シウンたちの寝床をどうするのか。明日からの予定について。里に戻った時に何をどう報告するのか。サンドラは話の俎上に上がりそうな事を、指を折りながら挙げていく。その拳の前に浮かんだ二つの膨らみが、お湯の小波を受けてわずかに上下した。いずれにせよ、龍絡みの話であることだけは間違いないだろう。
ミカエラとサンドラは今、二人して湯船に浸かっていた。バルトが急げと言ったことと、彼女たちが最後であることから、お湯を足すのをやめたのである。少々減ったお湯だが、二人で入れば十分肩まで浸かれるだけの量は残っていた。前後に重なるのではなく、向かい合わせに座って足を相手の腰の横に持っていけば、ゆったりとはいかないが一応入れる。
「それにしてもカーさん……」
「……ねえ」
女性陣は二人ずつということで、マリコとシウンが出てきた後、ミランダとコウノが入り――何やら騒がしかった――、次はミカエラとサンドラの番だった。元の予定では最後にカリーネが一人で入るはずだったのだが、男湯側からバルトが出てきた時点でまだミランダたちが出てきていなかった。
そこへバルトの「話がしたいから~」である。時間短縮のためという大義名分を得たカリーネは、トルステンがまだ入っている風呂に嬉々として飛び込んで行った。宿の風呂場では混浴するわけにもいかないので、チャンスを逃がす気はないのだろう。その時の様子を改めて思い出し、ミカエラとサンドラは少々げんなりした顔を見合わせた。
「まあ、トーさんとカーさんだしねえ」
「絶対『来ちゃった』とかやってる。間違いない」
「あー、やりそう」
げんなりしつつも、二人の口元には微妙な笑みが浮かんでいた。
男湯(仮)に突入して「来ちゃった」をやるカリーネさん(笑)。
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