389 ドラゴンの謎 3
「人族が身体をきれいにする所、だったと思うよ」
シウンとのこういったやりとりは割と恒例のようで、半ば反射的にコウノが答えた。もっともやはり知識として知っているという程度らしく、答えはしたものの自信は無さそうだ。ただ、その答えでは具体的なイメージが浮かぶはずもなく、シウンはますます首を傾げた。その様子を見たツルギが補足するように言う。
「間違ってはおらん。そこそこに温めた水、お湯に身体を浸して汚れを洗い落とすのじゃ。とても気持ちがいい」
「ほう」
「へえ」
今度はシウン――とコウノ――にもある程度伝わったらしく、感心したように頷いた。ついでとばかりに、マリコたちが龍族の風呂事情を尋ねてみたところ、定期的に入浴する習慣は無いらしい。鱗に覆われた身体は傷付きにくいと同時に汚れも付きにくい。時折川や池で水浴びするのが普通で、時に浄化を併用するのだそうだ。
本来の姿が龍であることを考えれば、それが普通なのかも知れないなとマリコは思った。ただ、ツルギはお湯に浸かるのを割りと気に入ったそうで、人里を離れてからも一人で時々浸かっていたらしい。
「自然に温泉が湧いているところに入ることもありますが、それが近くに無い時は川の脇にこう、穴を掘って水を引き込んでですな。それを魔法で温めるか、焼けた岩を放り込むと……、ん?」
身振り手振りを交えながらそこまで言ったところで、ツルギは何かに気付いたようにギュンとマリコへ顔を向けた。
「もしや、あなた方はこんな山の上で風呂に入ろうとしておられるのですか!? 浄化で済ませるのではなく?」
「あー。ええ、はい」
ツルギの勢いにマリコはコクコクと頷いた。探検や旅の途中で湯に浸かろうというのは龍にさえ驚かれる事だったらしい。湯船を持ち歩いていることと、風呂用に小屋を建てる話をするとさらに驚かれた。
「ううむ、『ふろ』か……」
「何だか気持ち良さそうだねえ」
一方、ツルギとマリコの話を聞いたシウンたちは風呂に興味が湧いたようだ。その様子を見て、バルトはトルステンに目を向けた。
「なあ、トル。もう一棟、風呂場を建てられないか? 洗い場をもう少し広くして」
「んん? ああ、この娘たちにも入ってもらおうってことかい? できるよ」
トルステンは阿吽の呼吸でバルトの言いたいことを察して頷いた。ツルギはともかく、シウンとコウノは初めて風呂に入ろうというのだ。誰かが一緒に入ってやり方を教える方がいいだろう。洗い場を広くというのはそういうことである。
「でも湯船はどうするんだい? 今建ってる方を解除して移すのかい?」
「いや、もう一人、湯船を持ってるのが居るじゃないか」
そう言ってバルトが顔を向けた先には、ツルギと話をするマリコの姿があった。
◇
「ここは脱衣所と呼ばれるところで、ここで服を脱いでからあっちの浴室、つまり湯船がある方へ行きます」
「ふむふむ」
「脱いだ服は洗濯に回すか、今みたいにそれが難しい時は浄化で……」
シウンと一緒に風呂場に入ったマリコは、風呂の使い方を教えていた。誰かと一緒にと問われたシウンによる指名の結果である。もう一人の当事者であるコウノは髪の色が似ているからとミカエラを選んでいた。そちらはマリコたちの次に入る予定になっている。
そのままの方がいいとツルギに勧められて人型で来ていたシウンは、さっさとワイシャツのボタンをはずし始めた。慣れないボタンに若干悪戦苦闘しているものの、大丈夫そうだと判断したマリコは、自分も着ている物を脱ぎ始める。ずっと眺めているものでもないだろう。
やがて、ワイシャツを脱ぎ終えたシウンは言われた通り、それに浄化を施した。続いて紐パンに手を掛ける。
「あれっ!?」
「ど、どうかしましたか!?」
戸惑ったようなシウンの声に、こちらも残すところ紐パンのみになっていたマリコはそちらを振り返った。
「いや、これが……あれ? こっちも? 解けない。どうなってるんだ?」
腰の前、紐の結び目に両手をやったシウンが、背中を丸めて顔を俯かせ、そちらを見下ろしながら右に左にと身体をくねらせていた。マリコのものに迫る豊かな双丘がゆさゆさぽよんぽよんと弾んでいる。
(こ、これは!?)
マリコの目は思わず結び目ではなくそちらに引きつけられた。だが、すぐに我に返って状況を把握する。客観的に見るのは初めてだが、マリコにも似たような経験があった。自分の身体を見下ろそうとした時、胸が邪魔で見えない位置があるのだ。だからこそ今のシウンのように身体をねじって何とか見ようとするのである。
「シウンさん、止まって止まって。手をどけて私に見せてください」
「え? あ、ああ」
マリコに肩を叩かれ、ハッとしたように胸を揺らすのをやめたシウンは、おとなしくマリコの方へ身体を向ける。結び目を目にしたところで、何故解けないのかがマリコには分かった。本来なら蝶結びになっているはずの結び目が、左右共固結びになってしまっている。恐らく、手探りで解こうとして輪っかの方を引き抜いてしまったのだろう。その後、焦って引っ張ったからか結び目は小さく、キチキチに締まっているようだった。
「固結びになっちゃってますね」
「ううっ。何とかなるだろうか」
「ええと、私が解いていいんですか?」
ゴムのものと違ってほとんど伸びしろのない紐パンは、解かないことには脱げないのである。恥ずかしいというより情け無さそうな表情で、シウンは黙って頷いた。どうしてもダメなら切るしかないのだが、あげたばかりでそれはできれば避けたい。マリコはシウンの前に膝をついた。より近くで見ると本当に固く締まっているのが分かる。
「じゃあ、行きますよ」
「ああ。……ひゃっ!」
紐に手を掛けた瞬間、悲鳴染みたシウンの声が上がり、マリコは思わず手を離した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ」
寝転がった時に痛くないよう、紐パンの結び目は腰骨の出っ張りよりやや内側にある。その辺りは普段触れられることの少ないところで、要するに触られると非常にくすぐったい部分である。そこでマリコの手が蠢くのだ。マリコはなるべく肌に触れないよう気をつけているが、それでも全くというわけにはいかない。それは結果として、不意打ち気味にそっと撫でるということになる。大丈夫なはずがなかった。
マリコが苦戦している間に「ひぃ」とか「あぁ」とかいう声が上がり、崩れ落ちそうになったシウンは上体を傾けてマリコの肩に手をつき、何とかそれを防いだ。マリコの頭に何か柔らかいものが触れる。
「ん?」
下着一枚で跪き、女の子の胸を頭に載っけてその娘のパンツの紐を解こうとしている女。それが今のマリコであった。
湯船に辿り着けませんでした(汗)。
※浴室略図は前回(314話)と同じものですが、実際は中が少し広くなっています。
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