387 ドラゴンの謎 1
「言いたい事も聞きたい事も山ほどあるんだが、とりあえずは……」
ツルギが奇跡としか言い様のない復活を遂げた後、騒ぎになりかけた一行にバルトはそう言って腕を振り、周囲に目を向けさせた。山中の日暮れは早く、辺りは夕闇が支配し始めていた。話を始めればどう転んでも長くなるのは目に見えている。シウンたちがどうするのかは分からないが、マリコたちは今夜の寝床も何とかしなければならない。
「そう言えば、お腹空いた」
ポツリとつぶやいたサンドラの言葉に、他の面々も自分の腹具合を思い出したようだった。シウンたちを追ってここまで来るのを急いだため、昼はまともに食べてないのである。恐らく今最も空腹に程遠いのは、先ほど灰色オオカミの山を平らげたツルギだろう。
「ま、いつもの事だからねえ。風呂場とトイレも作らないといけないし。皆、手伝ってよ?」
首の後ろでまとめてある髪をくくり直したトルステンが進み出て、肩を腕ごとグルグル回して振り返る。本当にいつもの事らしく、カリーネたちバルト組の女性陣が揃って頷く。高齢な上に病みあがりのツルギの傍にコウノを残し、手伝いを申し出たシウンを加えた一同は野営の準備を始めた。
マリコたちを迎えるためにシウンがなぎ倒した木々を脇へ寄せ、残っている木の根を土系統の魔法や龍の姿に戻ったシウンの怪力を駆使して取り払う。後は地面を均してやればそこそこの広場ができるだろう。
◇
野営と食事の準備が終わり、三人の龍を含めた一同はバルトたちが出したテーブルを囲んだ。シウンとコウノは中間形態ではなく、人型になっている。ワイシャツ紐パン姿ではあるが、テーブルに着いている分には下半身が隠れるのでそれほどおかしくは見えない。
初めて見るのだろう、シウンは並べられた料理に興味津々の様子である。それとは対照的にコウノの表情はやや悲しげで、二人に挟まれる位置に座ったツルギは泰然としつつもどこか申し訳無さそうに見えた。
「お爺ちゃん、シラやアオの名前を覚えてないんだって」
コウノの言葉にシウンが「えっ」と驚いた声を上げる。シラとアオというのはコウノの妹と弟なのだという。皆が設営をしている間、コウノはツルギの具合を確かめていたのだそうだ。体調は異常ないようだったものの、家族や親族の話になったところで問題があるのが分かったらしい。
「自分でもはっきりは分かりませんがな。どうも忘れている事がぼつぼつあるようですじゃ。歳のせいかもしれませんの」
ツルギが困ったように髪をかき上げながら言った。孫であるコウノが龍としては珍しい五つ子――同時に産まれた卵が五つ――だということは覚えていたが、五人の名前を全部は思い出せなかったそうだ。二度童状態になる前は覚えていたはずなので、知らなかったという訳ではない。
「どういうことだと思う?」
皆を代表するように、バルトがマリコに水を向けてくる。ツルギに魔法を使ったのがマリコなので、この場で聞く相手は他にいないだろう。
もちろん、歳のせいという可能性もある。だが、喪われた脳細胞も修復によって復活しているはずなのだ。ナザールの里で今までに修復を掛けてきた相手の事も思い出しながら、マリコは考えた。
(手や足の時は、ちゃんと相応の手足が再生してましたよね。脳だって同じはず……いえ、本当に同じなんでしょうか)
修復で生えた手足は、そこだけ若々しくなったりはしなかった。本人の年齢に見合ったものが生える。しかし、元々あった傷跡などは再現されない。年齢相応の新しいものが現れる。その手足と脳との違い。それを考えた時、マリコの脳裏に閃くものがあった。
――生き物というものは肉体が機能停止してしまえば記憶も吹き飛んでしまうからの
それは以前、女神に聞かされた言葉だった。身体全体が機能停止すれば、当然記憶も維持できなくなる。しかし、手足を無くしただけなら記憶は喪われない。記憶はそこに仕舞われているわけではないからだ。女神の言葉は、厳密には脳細胞が機能停止すれば記憶も吹き飛ぶということである。
そして、修復が治すのは脳細胞だけなのだ。手足というハードに傷跡というデータが再現されないのと同じく、再構成された脳細胞は記憶を伴わないのだろう。推測ではありますがとした上で、マリコは皆にこのことを話した。
「修復も、そこまで万能ではないようです」
そう話を締め括ったマリコにツルギは頷いた。
「それでも十分以上でしょうな。多少の事なら、また覚えなおすこともできましょう。誠にお世話になりました」
改まった口調でそう言うと、マリコに向かって改めて頭を下げる。覚えなおすという言葉で楽になったのか、コウノの表情も明るさを取り戻していた。
「さあ、話の続きは食べてからにしましょう」
修復絡みの話が一段落したところで、カリーネが促して夕食が始まった。
基本的には龍の姿で過ごす龍族は調理というものをすることがほとんどないそうで、シウンとコウノはフォークやスプーンを慣れぬ様子で使っている。美味い不味い以前に味の濃さに驚いているようだ。
その二人の間で、ツルギは器用なことに箸を使って食べている。服装とも相まって、その姿は人にしか見えない。年の功なのだろうかと思いながら見ていたマリコに、ツルギは悪戯っぽい笑みを浮かべて爆弾を落とした。
「後でお話しようとは思っておったのですがな。若い時分に、人の街で暮らしたことがあるんですよ」
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