386 ドラゴンスレイヤーへの道? 13
魔法による回復を試してみるとは言ったものの、何でも闇雲に掛けてみればいいというものでもない。効果的な、あるいは漏れの無い順序があるのではないかと、眠るツルギを前にマリコは考える。
(治癒が効いて今は一応、全身に損傷の無い状態なんですから、次はやはり病気治癒でしょうか)
ゲームであれば麻痺などの症状、つまり状態異常は状態回復で治ったはずである。しかし、例えばその麻痺が何かの疾患による症状だったとすると、原因の方を取り除かずに状態回復を使うとどうなるのか。
全く効果が現れないということは無いだろうが、一旦は回復してもまた症状が出てしまうということは十分考えられる。そうであればやはり先に元を断つ必要があるだろう。そういった説明をシウンたちにしておいてから、マリコはツルギに向き直った。
「病気治癒!」
皆が見守る中、身体から魔力が流れ出すのをマリコは感じた。魔法が失敗した時の感覚は無かったので、効いているはずである。自分自身やミランダの時のようにステータスを確認できる訳ではないので、結果は見た目で判断するしかない。だが、二度童――認知症――は脳の疾患が主体である。外見が変わらないとすれば、その後の本人の言動を確認しなければならない。
「あれ?」
「何だか……」
声を上げたのは誰だったか。しかし、それも仕方ないだろう。無いと思われた変化が始まったのだ。マリコの背より高い位置にあったツルギの背筋が低くなっていく。同時に身体の幅も狭くなりつつあった。
「小さくなってる?」
「いや、これは……痩せてるんだ」
腕に頭を乗せて眠るツルギは眠ったまま、そのシルエットを変化させていく。ツチノコのようだった体型が、トカゲに似た龍のものへと近付いていった。
「なあ、マリコ、さん」
「どうし……、え?」
何が起こったのかとマリコが口にしかけるのを、バルトの言葉が遮った。
「確認したいんだが、病気治癒の魔法は病気を指定したりはできないよな?」
「ええ、そうですね」
ゲームには個々の疾病の区別は無かった。全部「病気状態」であり、それを癒すのが病気治癒だった。この世界の病気治癒もそれに準じているようで、それが何であろうと何種類あろうと、成功しさえすれば一発で全部治すのだ。ひどい風邪と一緒に皮膚病――水虫らしきもの――まで治ったという例を、マリコはナザールの里で見て知っている。
「今のツルギさんの、あれは『肥満』が治ったんじゃないのか?」
「え? ああ!」
言われて、マリコは思わず手を打った。確かに過度の肥満は病気の一種であるとされる。それなら病気治癒で治癒してもおかしくはない。病気治癒を使えないはずのバルトがそれに気付いたということに何となく感心した。
しかも、これはもう一つ意味を持っていた。病気としての肥満が治っているという事実は、他の病気も治っているという証拠でもあるのだ。計らずも目に見える結果が出たことになる。となれば、次にすることは決まっていた。
「状態回復!」
やはり失敗した感覚は無く、魔法は発動したはずである。しかし、これは病気治癒以上に結果が分かりにくい。石化のような見た目に分かる状態異常でない限り、本人に具合を聞く以外に確認のしようがなかった。故にマリコは、成功したという己の感覚を信じて最後の魔法を放つ。
「修復!」
これがマリコの二度童治療の肝だった。治癒、病気治癒、状態回復の三連打によって、これまで出ていた異常――徘徊や過食――は当面抑えられるはずである。しかし、このままだといずれまた何らかの症状が出るだろう。
喪われた脳細胞の修復。これによって初めて、脳は本来の能力を取り戻せるはずなのだ。修復の発動を感じ取ったマリコは、結果を待った。無くなっている組織や器官を再構成する修復は、治癒以上に体力を使う。故に、ツルギは先ほどのように起き出すのではないかと考えたのである。
「……起きませんね」
しかし、しばらく待ってもツルギは目覚めなかった。
(修復されたといっても、脳細胞では大した量でないから体力も使わなかったんでしょうか。それとも「お腹が空いたら起きるという症状」が治ったからでしょうか)
マリコは首をひねったが、起きてもらわないことには確認のしようがない。腕枕に乗っかって寝息をついている、鱗に覆われた顔を揺すった。すると、ツルギの目がゆっくりと開く。これも身体相応に大きな目玉が、ギョロリと動いてマリコをとらえた。マリコの両脇で待機していたシウンとコウノがびくりと身構える。
「ゴアァアア」
「爺様……」
巨大な口が開いて小さく吼え、それを聞いたシウンたちの肩から力が抜けるのがマリコにも分かった。シウンがマリコに向き直る。
「『マリコさん、じゃったか。世話になった』と言っている!」
「え、それじゃあ」
「ああ、こんなまともな話は久しぶりに聞いた!」
さっきは目の前にいるマリコにも無関心で、食事の事しか言わなかったのだ。ツルギはさらに何事か吼えた。
「『少し下がってもらえるか』と言った。話せる姿になる、と。爺様の形態変更か……」
本当にしばらく振りなのだろう。通訳するシウンの目にはわずかに涙が浮かんでいる。三人が離れるとツルギはどこか聞き覚えのある響きの声を上げ、その巨体は虹色の光の渦に包まれた。
「で、でも、それはまさか……」
一糸纏わぬご老人が姿を現すのではないか。今度は女性陣を中心にバルトたちが身構える。そんな微妙に緊迫した空気の中、やがて光の渦は消え去った。
「シウン。コウノ。世話を掛けたの」
「お爺ちゃん!」
「爺様、治ったのか!?」
シウンたちが現れた男性に駆け寄る。マリコたちはそれを呆然と見つめた。シワの刻まれた顔は確かに老齢と言ってもいい年代に見えるが、その背筋は伸びていて衰えは感じさせない。
しかし、マリコたちが驚いたのはそこではなかった。人型を取ったツルギは裸でも裸ワイシャツでもなく、普通の男性のような服装をして、ちゃんと靴まで履いていたのである。そして、さらに皆を驚かせることになる。
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