039 厨房の攻防 6
(すごいな。私にも使えてしまったよ、魔法。でも、案外あっさりしたもんだな。着火や灯りの時も思ったけど、「水」って、呪文じゃなくて魔法の名前そのままだよな。これで呪文になってるってことなのか? 詠唱とかどこへ行ったんだ)
ゲームでは、魔法ごとに名称とは別に呪文があり、魔法を使う時には呪文詠唱と身振りが必要であるという設定だった。そのため、声優の声で呪文詠唱といった派手な演出こそなかったものの、各種の魔法ごとに詠唱時間――魔法を使ってから効果が発現するまでの間――があり、詠唱時間中にはキャラクターが勝手に身振り手振りする詠唱中の動作が付いていた。しかし、水を始め、マリコが実際に見た魔法はどれも、長い呪文詠唱があるわけでも魔力が光り輝くわけでもなく、実にあっさりとした地味なものだった。
(ゲームには無かった魔法だからか? 魔法っていうのは、魔力を使って自分の欲しいものを現実にしたり、今ある物をイメージした別の形に変えたり、そういうものだったよな。……ん? ……いや、待て。ゲームの魔法はそんなんじゃなかったはずだぞ)
「マリコ殿?」
(確かゲームの設定では、呪文や魔法の道具なんかに魔力を込めて特定の現象を引き起こすのが魔法、ということになっていたはずだ。昔の魔法使い達が研究して辿り着いたのが今ある魔法の呪文。だから、個人のレベル差なんかで威力が変わるにしても、同じ魔法を使えば同じ現象が起きる)
「マ、マリコ殿?」
(そりゃまあ、同じ魔法を使って個人個人で効果やエフェクトが違ったりしたら、ゲームとしては大問題だろうからそういう設定だった部分はあるんだろう。けど、それはそれで筋は通る設定になってたはずだ。じゃあ、さっき思った魔法の認識はいったいどこから来たんだ?)
「………」
(これはもしや調理スキルと同じなのか!? マリコの魔法に関する知識が頭に入ってるっていうことか。いや、マリコの知識がゲームキャラの「マリコ」のスキルに基づくのなら、関係することもゲームの設定に基づいてるはずだよな。それともこれもここの世界に合わせて……)
「マリコ殿!!」
「はい!」
思考の渦にはまり込んでいたマリコは、いきなり揺さ振られ大声で呼びかけられたことでようやく我に返って返事をした。
「随分と考え込んでおられたが、大丈夫か?」
「え、ええと」
ミランダにまた腕をつかまれていた。光彩がやや細まった茶色の瞳が心配そうにのぞき込んでいる。
「大丈夫です。魔法のことでちょっと考えてしまいまして。ありがとうございます」
「何やら深刻そうな顔になっていたのでな。大丈夫ならいいのだ。ところでマリコ殿……」
「はい」
「水の問題が解決したからには、作業を再開しないとまずいのではなかろうか」
「ああっ!」
魔法についての考察は別に今すぐでなくてもいい。マリコはあわてて砂ズリ処理に戻った。
◇
昼食の仕込みは比較的順調に進んでいった。鶏の処理を終えたマリコがサニア達に混ざって各所で調理スキルを炸裂させた結果、全体としての平均処理速度が上がったためである。ミランダはもっぱらマリコの助手を務め、マリコの動きに目を輝かせながら時折教えられては一部の作業を手伝っている。
「ミランダさんが料理にあんなに一所懸命になってるの、初めて見た」
「私もよ。これまではやり方を教えたつもりでも、実際にやるとなると大抵大雑把だったのに、今はすごく丁寧にやっている感じがするわね」
「あれはマリコの腕と口の勝利だと思うがね。圧倒的な技量を見せつけておいて、どうやったらそこに近づけるかをいちいち言って聞かせてるんだからね。何故そうするかとか、こうしたらどうなるとか、よくまああれだけ細かく理屈を言えるもんだ」
「マリコおねえちゃん、ずっとしゃべってる感じだもんね」
「自分で手順が分かってると、実際料理している時に今やっている作業の意味なんかそこまで深く考えないものね。でも聞いてると時々例えが物騒なのはどうしてかしら」
「ミランダに分かりやすい例えを挙げてるだけさね。鶏を捌いたことはなくても、獲物をぶった切ったことは何度もあるんだからね」
「じゃあ、そんな例えができるマリコおねえちゃんは……」
「ああ、とてもじゃないが、私じゃ勝てないね」
「すごーい」
「とてもそんな風には見えないわね」
ミランダに解説しながら手を動かすマリコは、後ろでタリア一家がそんな会話をしているとは思ってもいなかった。
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